2021/11/13-2021/11/14

6日に弾き語りという名の一人ルーパー演奏を行った際にドッグフード買い太郎くんが観に来ていた。
ドッグフード買い太郎くんはドッグが本名でフード買いがミドルネーム、太郎が名前だそうで、山梨の富士の麓の辺りで元々は雪解け水を使ったワサビ農家が祖先だそうだ。
明治の頃、曾々祖父が改宗をしてクリスチャンになったのをきっかけに以後、ミドルネームがつくようになったみたいだけれども曾々祖父が茶目っ気のある人でドッグ家のミドルネームは大喜利をすることということを以後の家訓としたそうだ。
曾々祖父はドッグラン忍たま乱、曾祖父はドッグトックティック徳郎、父がドッグプレイリードッグ宏、そしてドッグフード買い太郎。全員うすら滑っているのがドッグ家の伝統である。}昭和に入り、曾祖父ドッグトックティック徳郎が軍需産業に着目。ドッグフード型手榴弾は各地で戦果を挙げ、ドッグ印の手榴弾として世界のブリーダーを恐怖の底に陥れた。
しかし出荷時、神戸、横浜での誤爆も片手で収まらず、ドッグ家の人間は未だに神戸、横浜への出入りが許されていないことはあまりにも有名な話である。ドッグフード型手榴弾で一財をなした徳郎の息子、太郎の父宏は世間でよくあるボンボン2代目となり、ドッグフード型手榴弾の権利もろもろを部下の猫キャット宏に奪われた挙句、株主総会で取締役も解任されてしまう。宏は「そうだ、魚が食べたい」と思い立ち、瀬戸内海へ移住。父の残した遺産を食いつぶしながら瀬戸内でマグロ料理専門店を始めるものの、開業後、瀬戸内でマグロが取れないことを知り、絶望。そのまま初代プリウスで出かけたきり、未だ帰ってきていない。と、ドッグフード買い太郎くんから以前聞いたことがあるようなないような感じなので、若干史実とは違うかもしれない。

そんな太郎君から「来週の土曜PAしてくれませんか?」と頼まれたのでPAをすることにした。みんな困ってたようで力になれてよかったと思うと共に4000円と飯までくれるというのでラッキーと思った。

半年使えなくなるスタジオ25

で、土曜日。次の日がライブだったので昼頃から練習でスタジオ25へ。25も改装になるとのことで現状でのスタジオでは最後の練習となった。そして最後の日に個人練の1時間無料チケットが貯まった。60分の持ち時間なので、全曲チェックするだけでも結構な時間と集中力が必要だったがなんとかなりそうかな。という感じで終了。

その後、十日市へ移動し、久しぶりに辛部でつけ麺を食った。辛部も改装しており、綺麗な店内に券売機が導入されていた。後ろに人が待っていたせいなのか、使いにくいのか分からないが、いつも頼む定番つけ麺15倍のおむすびセットの券を発券するのに難儀をして、結果定番つけ麺15倍のみを発券した。「これで足りるか?」と思い食い始めたら、食い終わったら腹が一杯だった。加齢と共に食欲は減るんだな。と思いつつ、「それなら何故痩せない?」という疑問が浮かび悩み続けていた。

食後、家人が「クレープ屋!クレープや!」と言い始め、「以前それを私は食べたことがある。」「高価なブリュレのクレープは600円くらいするのだ。」と教えてくれた。そして、「それは人に買ってもらえたから食ったけれども身銭切って600円のブリュレは食えねぇ。」とどうでもいい情報を元気に教えてくれた。そして自分は450円のチョコバナナクレープを購入、家人はいくらか分からないけれどもブリュレではないクレープを購入し、空鞘稲生神社の近くの公園で食うために歩き始めた。食いながら歩いてたら空鞘稲生神社に辿り着くまでに食い終えてしまった。公園で家人はクレープを食い、自分は煙草を吸っていた。

そこへチャリで交通取り締まり請負サービス的な半公務員みたいな二人組が現れた。公園の周囲に停めてある車の駐禁をチャチャっと切り始めた。そこに幼児が一人ひょこっと表れて「ねぇねぇなにしよるん」と半公務員に問いかけた。なんて答えるのかな。と思って眺めていたら「これ、君のお母さんの車?」と半公務員が幼児に聞き、幼児が「違うよ」と答えると半公務員が「君のお母さんの車だったら可哀そうだから駐禁取らないようにしようと思ったけど違うんだね」と答え、幼児は「違うよ。ちがうよ~」と言ってどこかに消えていってしまった。幼児の返事に違反金15000円分の価値がある瞬間だったな。と思って駐禁取られてる車をボーッと眺めていた。

その後、ふらんす座に入ってPA。D.S.Sというイベントで良きミュージシャンばかりであった。みんな最小単位1の人数でステージに現れ、表現して人々の感情に訴えていた。素晴らしい。自分だけ感情に染まるより、「これで大丈夫か?」「これはミドルをあげたほうがよいのか?」「次のステージ間の曲はshiNmmにするか?」とかいろいろ考えていた。そしていろいろ考えていたら回線が切れたのか何なのか携帯から次に流す予定の音楽が流れて迷惑をかけたりしていた。イベント終了後、まかないという名の飯をいただき帰宅。ずっと立ってたので足の裏が痛かった。

日曜は9時前の市電に乗り込み、広島駅へ。向かいの席に老齢ながら非常に美しい方が座っていた。矍鑠(かくしゃく)とした身のこなし、姿勢、お召し物、髪の1本のうねりまでに気を使っているような方でかっこいいな。と思った。広島駅からはこないだ大阪にいったときと同様の流れで岡山で1時間待ってる間にうどんを啜り、14時前に扇町に到着。荷物を置いたところで今回呼んでくれたzoozの面々と再会。みんな変わりなくて何より。ジョーくんの国家試験の具合も上々とのことで流石だな。と思う。その後、双方リハを済ませた後にお好み焼き屋へ。ライブ後はほぼほぼとんぼ帰りだったため、こういう時間を持ててよかった。ただ入ったお好み焼き屋がそうなのだと思うのだけれど、お好み焼きがほぼどれも1枚1000円を超える価格帯であった。広島でいうところの平和公園の廻り、お好み村で食べるような場所なんだろうな。と推測。食の町大阪なので、おそらく地元で喰えば600円から800円くらいなんだろうな。と考えながら食していたら、「あ、あと10分でスタートですよ」とはやいさん(16ビート)に言われて、急いで会計を行った。そしてライブ。60分。割と落ち着いてできたので、ほどほどよくできたのではないかな。と思う。レコ発のzoozは3枚目のレコ発のはずだったが、まだ見ぬ4枚目のアルバムの宣伝をしていた。前にのめり過ぎてて頭がコンクリートに刺さりそうになってるおじさんを想像しながら聞いていた。zooz3枚目のアルバム発売おめでとうございます。あと来年4枚目出されたら、ウサギのアルバム枚数が抜かれるのでなんとか頑張りたいな。と思っている。

zooz

帰りは21時半の最終で帰宅。ちょうど電車が同じで大阪で遊んでいたタナ先輩と一緒に行動。同じ車両だ!偶然にしてはよくできている。と家人と盛り上がっていたが、家人は席に着席するなりスネアの上に短い足を伸ばして寝た。それはもう綺麗に寝た。自分も攻殻機動隊のアニメ見てたけど2話くらい見たら寝てた。広島止まりの電車でよかった。

帰宅

到着後、タクシーを拾ってみんなで帰っていると、タナ先輩の旦那のベンが家にいるはずだったのに、タナ先輩を迎えにきており、タナ先輩は「なんの嫌がらせだよ。おぅおめぇサプライズって何してくれてんだよ」と怒りのバロメータをグングンに上げていた。そして「最近買った新車で迎えに来てたらどうしよう。殺そう」と言っていた。ベンは最近はじめたピクミンのゲームのために6キロくらい徒歩で駅まで来ていた。殺されなくてよかったな。と思ったのも束の間。家について自分の携帯を見てみたら「ベンの野郎、鍵を閉めていやがる。殺す」という連絡が届いていた。「ベンが帰ってくるまで、家に来るか?」と聞いたら、「いや、近くのホテルを取った。今日あいつに会うと殺しそうだ」みたいな犯行予告みたいな文面が返ってきた。ベンは心優しいヲタクなので殺されなかったらいいなぁ。と思いながら就寝。

2019/06/29-2019/06/30

2019/06/29

朝起きてTVをつける。
よく覚えていないけど、何かしらの
アニメをしていた。
それをつけたままふと振り返ると、
家人が寝ていた。

前日に初のミュージカル&ライブをし、
その打ち上げの最中に俺は
帰ったのだが、家人は雨だったので
車で送ってもらうべく、タナ先輩と
一緒に行動し、飯食って帰ってきたら
結構深い時間だったらしい。
なので、朝起きて寝てたので、
「こいつはいつ帰ってきたのだろう」
と思ったのだ。

いつ帰ってきたのか分かんないので
ギリギリまで寝かせて起こす。

10時の新幹線で大阪に向かう。
今回の大阪遠征は非常にパンを喰った。
おにぎりより手が汚れない。
この一点が大きかったように思う。
でも、パンばかり食ってると嫌になるな。
ま、米も一緒か。

ということで、広島駅でパンを買い、
新幹線内で食す。

3時間半くらいかけて新大阪。
以前、この構内で4時間もの
時間つぶしをしたので、
どこに何があるか手に取るようにわかる。
おほほ。
でも、即移動。
御堂筋線だったかな?
どこかで乗り換えて心斎橋とか
長堀橋の辺りに到着。
そこから会場へ。
G20のせいで車がほとんど走ってない。
たまに走ってる車は
横断歩道を渡る俺たちを轢き殺さんという
テンションで思いっきり右折してきた。
顔を見ると、にやついた40~50代のババアだった。
本日は船場CELL
シュール&クリスマスの企画。
呼んでもらえて嬉しい。
初めての場所、UKくんのカレーと
いろいろ楽しみは多かったのだが、
結果、ここ10年で一番凹むライブを
してしまった。
全て俺が悪い。
悪いのは分かるけれどもムシャクシャして
しまう。怒りを抑えきれない。
自分の何がムカつくって、
機材の不調とメロのど忘れが
重なって、ライブの最中に心が折れたことだ。
俺らの前に演奏してたナチュラルキラーズも
ものすごい良いライブしてたし、
俺らのあとの主催のシュール&クリスマスも
非常に素晴らしく多幸感のあるライブをしてた。
その隙間に何だせぇことしてんだ。俺は。
という恥ずかしさと悔しさでいっぱい。
会場のハッピーな感じが自分の情けなさを
更に際立てるようでその場に居ずらかった。
もうダサい自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて。

挨拶も早々に逃げるように会場を後に
してしまった。
いい大人が情けない。
こんな感情やこんな日もあるんだ。
とても勉強になったと書きながらは
思えるけど、当時はそんなこと
考える余裕もなかったな。

恥ずかしい限り。

会場を後にして本日宿泊させてもらう
はやいさんの家に移動。

途中、新今宮駅で乗り換えを行うあたりから
雨が強くなってきた。
そして乗り換えの看板が非常に分かりにくかった。
そして道端でおっさんが寝ていた。

数百メートル歩くと阪神電鉄?の駅のホームで
大の字になっておっさんが寝ていた。
どこがJRの新今宮駅や!と雨の中探していると
高架下で若い悪者みたいな男の子たちが
雨なのに陽気に笑ってなにやら楽しんでいた。
ピエール。

新今宮の駅にようやく辿り着いたと思ったら、
地獄のような階段が待ち受けていた。
20キロの荷物を背負い、尚且つ体力的疲労、
精神的疲労がたまっている俺は血眼でエレベーターを
探したがそんなもの見当たらず4F程度の高さまで
自力で上る。
滝のような汗、へばりつく不快感、
右肩にのめりこむスネアドラムの重量。
追い込まれ、すり減った精神力。

限界で電車に乗り込む。

電車のクーラーもまともに感じれず
漸く到着。
雨の中、はやいさんに迎えにきてもらって
お世話になる。
ありがとう。はやいさん。

2019/06/30

起床。
はやいさんの家の玄関を出て、
外に出るドアがあったので、
そこから外に出て喫煙。

隣の家の屋根に大量の
iqosのカスが投げられている。
すげぇな。と思って、
部屋に戻ろうとするとオートロック。
開けた扉が閉まっている。
仕方ないので、階段で下に降りる。
下の階にiqosのカスが落ちてる。
そうか、犯人はここの階の住人か。
朝からコナン気取り。

ドーベルマンの牙のような柵を超え、
エレベータで部屋に戻る。

昨日のようなことがないよう
スタジオを予約。
練習を入れて、本日のライブに挑む。

10時ごろ、はやいさんの家を出立。
家を出た瞬間に風雨に見舞われた。
曲がり角で傘が折れそうになった。
心も折れそうだった。

バスに乗り込みスタジオ近くへ。

雨は止んでいた。

スタジオまで時間があったので、
コメダ珈琲で休憩。
キャバ嬢とホストの会話を聞いて過ごす。
内容のない会話の代名詞のような会話。
・出会って1年だ。こんな関係初めて。
・俺は顔が良い。
・出勤途中にナンパされる
・俺もされるよ
・今度、京都に行こう
など割と大きなボリュームで
会話されていた。
家人曰く、ホストがキャバ嬢と
付きあいたがっていたと思う。と
言っていたが、俺は思うに
これが世に言うセフレではないだろうか?
と思った。
セフレホストがマシンガンのように
自分に酔って喋っていた。
こんなホスト嫌だな。と思った。
せめて5:5の会話バランスにしてくれ。

セフレキャバ嬢とセフレホストが
出ていくと、次は若作りの権化の
ような40代で肌焼いて、露出多めの
ババアが保険の封筒を持って現れた。
ババアは2人だったのだが、
2人席に座ったあと、店員に
「狭い、広い場所に移してくれ」と
訴えていた。

そんな人間観察をして、スタジオへ。
60分で一通りの曲を確認して
会場へ。

本日は地下一階。
一番手だったので、リハ後
そのままのセッティングで出来たことも
あり、なんとかなる。
良かった。

はやいさんの新バンドZOOZは
ライブの回数もまだ少ないのに
多くのお客さんがいて
流石でしたな。
あべくんがTSTBとギターも
アンプもエフェクターも違う
音作りしてて興味深かった。

この日は日曜ということもあり、
みんな早々と撤収してたので、
併せて早々と宿へ。

家人が激安で予約した宿だったので、
ダニに咬まれないといいなぁと
思ってたら、なんかすごい立派な
ホテルだった。

関西系のTVを観てたら寝てた。