2021/9/25-2021/9/26

出発

朝、これまた早朝5時頃に起床。
多分前日は21時ごろに寝たような気がする。そこからドラクエウォークを立ち上げてポチポチとモンスターを倒す。飽きたところで昨日の探偵ナイトスクープを観る。
テントがうまく畳めない。とかだった。いつもクオリティが高くてナイトスクープはいいな。
その後、アメトーークとか観てたら時間になったので出発。
近くの港へ。

乗船。乗船。

本日は近くの港から島へ釣り組と登山組と別れて遊ぶ。8時15分の集合時間には誰も来ることはなかったが、8時20分辺りに全員集合。
そこから切符を購入し、乗船。
乗船後、煙草でも吸おうと思ったら、喫煙室がコロナの都合で全面使用停止であった。残念。
今から行く島の情報をまとめた紙が1枚あったので、みんななんとはなしにその紙を読み込んでいた。
驚くような情報が満載だった。
島に到着すると、まずは竿を借りる。降りて15秒くらいのところに竿のレンタル所があった。そこでサビキ釣りセットを2つ借りる。着いた港あたりでも釣れるというので港に腰を下ろして準備。

山口の想い出


山口に住んでいた頃、チャリで15分くらいのところに港があったので、中学生のころ、剣道の練習の合間に同級生と釣りに行っていたことがあったのだが、その頃はキスを投げ釣りで釣っていた。山口の釣りの想い出はそれくらいだが、キスが何かとよく釣れた印象がある。そして広島に移り、15年くらい前に釣り雑誌の編集をしている友人に釣りに誘われて出かけたのだが、間違いない。と言われた釣り場で坊主(0匹)をかました。

広島には魚が棲んでいない。


それ以降、広島には魚が棲んでいない。と勝手に思っている。そんな坊主以来の釣り、尚且つ島。多少は釣れるだろう。それにサビキで魚は集まってくるだろうしね。とか高を括っていた。大山に一緒にいった親子も釣り組で参加しており、息子は釣り堀にしか行ったことがない。と言っていたので、「本当の自然で魚を釣ることは良い経験になるな」など人生の先輩めいたことを考えていたのだが、釣れない。全く釣れない。
やはり広島には魚が棲んでいない。サビキの釣針を垂らして、辺りを見回すと自転車や原付バイクで島民が移動している。そして島独自の交通ルールがあるんだ。ということを学んだ。いいな。島って。
場所を変えても何ら変わることはなく、エサだけが着々と海に帰っていった。息子は早々に飽き、youtubeを観ながら「今日の企画考えたの誰?」とプロデューサーみたいなことを言っていた。「俺だよ」と答え、見えるけど全く釣れない魚を水面の上からボーと眺めていた。

田舎のチンピラ

散歩へ

その後、一旦釣り竿を上げて「その辺を散歩してみよう」と次の企画を出したところで登山組の離脱者が現れた。「腰がまだ万全じゃないんで、ひとつだけ山登って帰ってきました」とのこと。彼は以前、登山で椎間板を痛めており、リハビリがてら行けるところまで登ってみると言っていたので、良い判断だったのであろう。そして椎間板の彼に息子は非常に懐いている。椎間板の彼に息子を預け、父と僕はちょっと散歩へと島内を歩き始めた。

とりあえず島の裏側まで行ってみようと歩き始めたら、なぜかあっちに●●がある。とか目的地を次々変更し、結果5~6キロの本格的な散歩を知らぬ間に楽しんでいた。途中釣り人に声をかけ、「反対側で釣りをしてるけど釣れないですね」とか言うと、「こっちはまぁまぁですよ」と魚が釣れていた。広島にも魚がいることが証明された。更にあるくと水面に畳を叩きつけたような音がした。近くにいた釣り人に「さっきのあれ、なんですか?」と聞いたら、「エイだよ」と教えてくれた。この頃には島を半周しようと相成り、グングンに歩いていたのだけれども結構高い壁に囲われた邸宅を発見した。二人で勝手に妄想を膨らませて、「ここは元々漁師の網元だったけど、戦前からテキヤ家業をはじめ、戦後にはここいら一帯を牛耳る●●一家となった家だろう。」とか好きなことを言っていた。その家の玄関前を通ると、非常に家庭的なママチャリが鍵もかけずに止めてあった。その後も到着時に竿を借りるときに通りかかったじいさんと会話をした際に結構イノシシがこのあたりにはいて、じいさんは朝からイノシシの駆除に出ていた。とか言ってたので山手側の隙間にイノシシがいるかもしれない。とかフンを見つけてこれはイノシシのフンだ。とか言って遊んでた。「もしイノシシに遭遇したらどうしよう?」「あいつら猪突猛進っていうくらいだから、あいつらの直線上から離れたら大丈夫」とか皆無の知識の上で安全を買っていた。本当にイノシシに遭遇したら高確率で二人ともパニックでまずはイノシシに背を向けて逃走すると思う。
小一時間くらいの散歩を終え、元の場所に戻ると息子と椎間板の彼が元気に遊んでいた。息子は椎間板の彼に非常によく懐く。その二人と合流して「さ、これからどうしようか?」という話をしていると、ボーと汽笛をあげて船着き場に船が姿を現した。時計を見ると12時50分。時刻表を見ると13時発らしい。「これはちょうどいい!」とみんなが思っていたところに登山組が姿を現した。ベストタイミング!そそくさと全員で釣り竿の返却や荷物をまとめて乗船。なんとか13時発の船に乗り込むことができた。

いつもの風呂へ

港に着くとそこからはいつも通り、銭湯へ。いつもみんな2,30分で風呂から上がってしまうので、長髪ということとサウナに入りたいことを考慮して風呂に1分くらい浸かって即サウナへ移動。「整う」という状態を未だに経験したことがないため、なんとか一度整わないものか?と毎回試みるもダメ。今回もダメであった。自分はサウナに5~10分→水風呂1分を数回繰り返している。多分何か違うんだろうな。とは思っている。風呂上がりに飯。あまり期待していない飯場だったけど、量も多く味も満足。予定ではここで解散だったのだが、駐車場で野球の話になり、バッティングセンターに赴いた。

バッティングセンターへ

ほぼ素人なので80キロの球とかを打ってたけど80キロはなんか変化球気味に手元に届いて打ちにくい。結果110キロを打ってみて「はえー」とか言ってた。息子は「球が怖い」「おえ(俺)はしない」と言って父を連れて別のゲームをしていた。父は隙間で球を打っていたが、流石素人と言わんばかりのバットコントロールであった。しかし日夜行っている筋トレが功を奏し、2回目の打席では豪快なスイングを見せ、元野球部曰く「ブライアントのようだ」と言っていた。僕はブライアントといえば、近鉄の黒人選手ということぐらいだったが、父の豪快なスイングとブライアントという単語が何かしっくりくるな。と思っていた。

体中が痛い

その後帰宅して日曜日。身体中が痛い。最初は寝違えたかと思ったり、腰を悪くしたのかと思っていたが、単なる筋肉痛であった。バッティングセンター痛。バッ痛。日曜日はずっと「あぁ、腰悪くしたんだろうから、またプランクしねぇとな」とかずっと同じ姿勢で寝てると身体が痛いな。とかずっとそんなことを考えながら、ネトフリで見つけた女子高生が釣り部に入って釣りをする。というアニメを観ながら、また釣りに行ってやるぞ。という思いを少しだけ強くした。
そんな感じ。

2021/7/22-2021/7/25

早朝の集合。そして大山登山へ

アラームで起床。早朝4時。
流石に初老でも不安になる時間帯なので、アラームを仕掛けておいたが正解だった。
起きて携帯を見ると「もう着いた」とのLINEが。4時半の約束で4時にもう着いた。とは。
やはり初老たちの朝は早い。急いで準備をして家の裏のコンビニに着くと、S角ももう到着していた。「これはかなり巻きの出発だな。みんな起きてるかな。」と思っていたら、着いているはずのお迎えの車が見当たらない。
なにやらS角が携帯にメッセージを打っている。どうやら事前に伝えていた僕が送った住所はコピペをミスってて前日に「ここにコンビニねぇぞ」というLINEを見たS角が「ここですよ」とフォローを入れてくれてたみたいだったのだが、フォローしたはずのS角も酔っぱらったままフォローに廻ってくれたらしく、間違えた地図のキャプチャを貼ったらしい。お迎えの車を探しに初老二人が朝4時から放浪。4時半前にようやく合流。市電の駅2つ近く離れたファミマで合流。紆余曲折あったが、結果スケジュール通り4時半に出発。
そう、この4連休を利用して我々SCC(S角クライミングクラブ)は初の県外遠征である鳥取県の大山登山を決行するのである。

大山へGO!

次のメンバーを拾いに安佐南区へ。中区から安佐南区まで昼であれば小一時間くらいかかってしまうのだが、流石早朝。20分で到着。予定通り。
ここで親子と合流。
息子7歳。今回はどのようなパフォーマンスを魅せてくれるか楽しみである。お母さんが「お菓子忘れとるよ。」とお菓子が入ってるバッグを息子に渡そうとするが、息子はテンション高く聞く耳を持ちあわせていなかったので、代わりに受け取ってあげようとすると、お母さんが「おっと、そこまで。これ以上近づくな」と地雷でも埋めてあるのかと思ったら、自身ですっぴんの限界線を決めていたようだ。これ以上近づかれると、すっぴんの詳細がバレると思われるギリギリでお菓子が入ってるバッグを受け取る。最後にコンビニに残りのメンバーと合流し、一路大山へ。
5時過ぎに広島ICへIN

大山登山へ向かう途中、子供がクワガタを発見

コロナ禍とオリンピックということもあり、ETCの休日割引が効かないとのこと。コロナとバッハはいずれギャフンと言わせてやらないといけない。感動を与えてくれるのは日々努力を続けた選手である。日本政府、自民党、IOC、JOC、東京都はただの興行主であり、言うなればアイドルと運営みたいなものでアイドルのパフォーマンスと運営は別物と考えないといけないけど、メディアなどの印象操作で手柄が選手以外にも拡張してしまう。IOC以外、選挙という民意をぶつけていかなければ将来の世代に情けない国を渡すことになってしまう!との想いを胸に旅立ち。
庄原まで中国道を進み、そこからは下道で鳥取を目指す。
下道といっても信号があんまりない長閑な田園風景や山道を見ながら進む。
途中、コンビニで休憩した際に息子がクワガタの雌を発見。父が「お、おまえ虫触れるんじゃ」と言ってた。息子は「クワガタとかカブトは触れる」と言ってたけど、触ってるクワガタは雌であり、見方によってはゴキブリにも見える。なので、ゴキブリ渡しても触れそうだな。とか思っていた。高速に乗って3時間半後の8時半。大山に到着。

宿に車が止めれそうだったので、宿を目指す。宿は早々に見つかり、車も止めれたものの朝が早いのか宿自体が開いていない。誰の許可を取るでもなく、車を止めて準備。結果、なんの文句も言われなかったため 正解の行動だったと思われる。

宿
出発

父にねだり、高価なステッキを購入。しかし大山入り口で子供、ステッキに飽きる。

準備が完了すると早速登山道を目指す。 今回は中国地方最高峰とのことだったので、身体への負担も考えてステッキを購入していた。前日にステッキが届いたものの1本だと思っていたら2本封入されていた。「スキーみたいだな」と思って、今回は1本だけ持っていこう。と思い、1本だけを大山に持ってきていたのだが、登山口付近でステッキを持っている人は一様に2本持っている。
この段階でステッキが2本封入されていたのが、 間違いではなく、僕の思い込みが間違いであったことに気づく。そして廻りのメンバーもステッキを持ってきてるメンバーは2本持っている。うぅ。

割とメンバーがステッキを持っていたせいか息子が「おえ(俺ね)もステッキいる」と駄々をこね始め、登山口近くのモンベルで父がステッキを購入していた。

誰よりも高額なステッキを持った息子はご満悦気味でステッキを振り回し、父にそこそこのテンションで叱られていた。いよいよ夏山登山口というところから山頂を目指す。

帽子、マスク、サングラスと不審者スタイルでスタート。
開始5分で息子ステッキに飽きる。父にステッキをパス。
開始7分、息子「もう無理。抱っこ」と早すぎるリタイア宣言。 父に割とマジ説教を喰らって息子は半泣きになっていたものの、そこは流石子ども。
10分後には同様の駄々をこね始めていた。

この10分後に父にガチ説教を喰らう

そして、大山を登る。

2合目~5合目まで息子の精いっぱいの駄々に応え、何人かが抱っこしながら手を貸していたものの 6合目辺りからは大人も駄々に応える体力もないし、駄々をこねるごとに駄々が効かなくなることを 習得したのか、こねても無駄という理解の元、息子は半泣きな感じで結局8割がた自分の足で登山した。 9合目あたりから登りではあるものの、吊り橋みたいな形状の上を歩く格好となり、前も開けて気分がいい。 息子も何故か軽々と歩いている。そして山頂の山小屋へ。
S角はビールとカップヌードルで一杯やっていた。 そしてこんな健康的な登山グループにも関わらず、メンバー全員が喫煙者のため、 バレないような、なるべく迷惑がかからないような場所で一服。
小一時間程度休憩ののち、下山。

9合目くらい
山頂

下山はいつも息子が本領を発揮する。 登りに比べてはるかに楽なのであろう。軽々と山を下りていく。 そしてたまに調子に乗ってこける。 こけた後に父から「調子に乗るな。慎重に降りろ」と叱られると、 「調子に乗ってるって言わんで」と叱り方に異議を申し立てていた。 ま、その後も調子に乗って何度かこけていたけど。 子どもにとっては楽な下山でも大人は登りと同様に疲れる。
しかも帰りは別ルートで帰ろうとなったため、目算が立てれない。 「いつ終わるんや」と思いながら歩く。 途中あと1キロ。と書いてあったのに、しばらく進むとあと1.7キロと記載があり、 理不尽な立て看板に激怒とかしていた。 帰りは最終的に寺の横に出た。

地獄みたいに感じた石畳

あぁ、着いた。と思ったのも束の間。 そこから宿まで7割がたが雰囲気のある石畳。 疲れた身体に雰囲気のある不安定な石畳はキツイ。 ただ息子は元気いっぱいで走って前に進む。
大声で呼び止め、待たせる。 待たせてた場所に地蔵があって、「これは何だ」というので、 「日本は八百万の神っていうのがあって、これはお地蔵さんというけど、 道祖神ていう神様だ。みんなの旅の無事を祈っとけ」というと祈りはしたものの 納得していないご様子で「祈ったところで願いはかなうのか?」みたいなことを 問われたけど、「大丈夫だ。そう思うことが大事や」と答えておいた。 雰囲気のある不安定な石畳を超え、ようやく宿についたころにはヘトヘトだった。

そこから風呂に入り、一服。 晩飯は宿についてたけど、これが良かった。 この疲れた身体を動かして町中まで出る気力もなかったし、飯自体も美味かった。 18時から飯だったのだが、そこでご飯3杯を食べ、煙草を外で吸い、いち早く部屋に戻り、 布団に転げてたら寝ていた。18時半就寝。

で、起きたら1時半だった。 小一時間携帯を弄ってまた寝る。起きたら5時半。 他のメンバーも流石に寝るのが早かったらしく、数名を除いてこの時間に起床。 一部のメンバーが小さい山を登るというので、ついていく。 朝焼けが綺麗だった。

大山の朝焼け

境港へGO!早朝すぎて特に何もない。

全員が起床して7時ごろには宿を立つ。 境港を目指す。 8時半前には境港に着くものの小さい妖怪の像の写真を撮ると やることがなくなった。そこから朝飯を喰おうと近くのおさかなセンターや魚関係の施設や 店に立ち寄るもどこも開いていない。メンバーが「連休2日目の朝に海鮮丼喰える店がほぼやってないなんて怠慢だ!」と 勝手に憤っていた。1軒だけ開いていたのだが、長蛇の列で朝から35度近い猛暑に並ぶ気はサラサラなかった。

境港

人生初の出雲大社。お守りの仕様に新世紀を感じる。

予定を変更しそこから一路出雲へ向かう。 飯は出雲で喰おうと相成る。出雲の飯のリサーチはS角が行った。 「どこでもいいよ」というメンバーに何件かのリサーチ結果を報告したら、 「え、ここはダメよ」とか「海鮮丼にサーモンがない」などNGを喰らっていた。 人生至る所に青山あり。人生至る所に理不尽あり。だな。と思った。

出雲大社
博物館へ爆走。外気温35度。

S角チョイスのお店で飯を喰った後、出雲大社へ。 出雲大社は人が多かった。でも個人的に人生初の出雲大社で行けて良かった。 お守りなども購入した。そしてお守りにカード型なる令和仕様があることにも驚いた。 その後、民族博物館みたいなとこも見学し、15時頃大社近くの蕎麦屋で蕎麦も食した。 息子は小食ながら、蕎麦は食いたいと言っていたのに、店に着くと食欲が失せたらしく 「いらない」と言っていたが、最終的には3段の誰よりも高い蕎麦を注文し、とろろが喰えないという 理由で父にとろろ蕎麦1段を押し付けていた。

そこから帰宅。道中、帰りとS角セレクションをBGMにしていた。 人生で初めて大黒摩季のベストアルバムを聞いた。 帰宅後、シャワーを浴びて飯を喰ったら知らぬ間に寝ていた。

HPがほぼ0の土曜日

起きたらもちろん朝だった。 そこからアメトーーク、ナイトスクープなどを視聴したあと、 途中まで観ていた「七つの大罪」の5部を最後まで視聴。 最終的には北斗の拳と同じ「愛ゆえに」みたいな感じだったな。 そこから映画も観ようと思って映画も観てたけど、途中で飽きて 最近買ったキャビの音出し確認をしようと思い立ち、セッティングを行った。
セッティングするだけで汗が出た。久しぶりに小型アンプ類の音を出したら、 DVmarkのヘッドがバチバチにノイズがのっており、修理が必要だな。ということが分かった。 残念。なので、新しいキャビはとりあえずorange同士の組み合わせで使用することなりそうだ。 この日は何をするのも億劫で3食とも家人に作ってもらった。 ありがたい。ありがたい。

初のループ弾き語り。ループだと声が張れるらしい。

次の日は弾き語りでライブ。
昨日3食作ってもらったので朝飯と夕食の仕込みを行い出発した。 GWくらいにループの弾き語りがしたいな。と思って、 エレアコを買ったものの、弾き語りの機会がないとSNSに書いてたら、 尾崎ゴリラさんに上手いこと誘っていただき、機会を得た。ありがたい。
で、初めてのエレアコを使用してのループ弾き語りを行ってみたのだが、 ループならキーを半音下げなくてもいけそうだ。とか弾きがたりは やっぱり一人しかいないので、間繋ぎの小話も用意しといたほうがよいぞ。とか 学びも多かった。演奏自体はちょいちょい間違えしたもののどんな感じのことを しているのか?くらいは伝わるくらいの演奏だったので、まぁ良しと思うことにした。

家に帰り、仕込んでいた肉でポークビンダル―を作成。 ポークビンダル―作ってたら、会場にヘッドホンを忘れていることに気づく。 水曜に会場に取りに伺うこととした。 取りにいける場所の忘れ物でよかったと思うとともに、迷惑かけて申し訳ないな。と思いながら 夜は更け、4連休は終わっていった。

ループ弾き語り:撮影 尾崎ゴリラ

2021/6/26-2021/6/27

金曜の夜にネトフリで「ロースクール」を観てたら、 9時ごろに寝たのか?起きたら土曜ではあったものの深夜2時であった。通常であれば、布団の中でイゴイゴしてたらまた眠りに落ちるのだが、この日は見てないマツコ有吉の番組の録画等もあり、4時くらいまで観てた。 そこからナイトスクープが久々に新作だったので観た。
すると5時になり、TVに変えたら早朝番組をしていた。なんかの記事で取締役になったと書いてあった日テレの望月さんの番組を ボーと「この人、確か離婚した旦那さん、坊さんだったよなー」とか なぜ有限の脳の海馬に俺はこんな情報を詰め込んでいるんだ。と思いながら 視聴してたら6時。

ここまで来たら、もう寝ることはない。 家人の歯ぎしりを聞きながらTVを観ていた。7時になると家人が起床した。珈琲とパンを食べながら、 7時半過ぎにS角から連絡が入り、出発。 何処へ?山へ。そう、本日は上記の寝不足の身体を抱えた中年が フェリーで島に渡り、登山をするという登山記念日である。 裏のコンビニに集合し、S角と一路宇品港を目指す。途中、宇品のコンビニでお茶と一本満足バーを購入。宇品港に到着し、駐輪場を探していたら港の近くに チャリがおけそうな雰囲気の場所があったので、駐輪場と判断した。 最後まで撤去されていなかったので、おそらく駐輪場だったのであろう。

登山メンバーが続々集合し、8時40分出航のフェリーに乗船。8時38分になってもメンバーが二人足りない。8時39分、走ってくる2名の人影が… メンバーだ。なぜかギリギリ間に合う。 全員集合していざ島へ。約30分の道程。 到着した島は小雨が降っていた。「ま、大丈夫か」と思い、出発。登山口を目指し、徒歩。 途中、生活水路で亀を発見。 メンバーの息子が「じいちゃんの家の亀とそっくりだ」 「じいちゃん家の亀吉の子どもかもしれない!」とテンションを あげた。父は隣で「いや、亀吉のほうがあの亀よりちいせぇぞ」と ツッコミを入れていた。登山口を目指し上る。 なんか坂が急だぞ。登山口までで結構疲れる。

そして登山口手前で不思議なシャッターを発見。役割がデザイン以外見当たらないシャッター。不思議だ。更に登山口手前でイノシシ?用の罠を発見。メンバーの息子が罠に近づく。罠にかかるんじゃないか?と心配になるも無事。良かった。良かった。そして登山。最初から傾斜がキツイ。

これはしんどいぞ。と思っていたら、 メンバーの息子が手を拡げて父を呼んでいる。 「抱っこ」 こんなキツイ傾斜を軽いと言えども小学生を抱えて登るのは 難しいだろう?と思っていたら、父は 「今日、筋トレ休んで来てるんで、いい筋トレです。」と 息子を抱えて、傾斜が急な登りをグングンに歩き始めた。 なんとしたことだろう。親子間の需要と供給が噛み合っている! 「抱っこ」これは…魔法の言葉だ。と思いながら、 山を登る。

途中休憩していたら、メンバーの一人が熊よけの笛を取り出して メンバーの息子に渡した。それ以降、息子はしんどくなると 父を笛で呼んでいた。父はそれに応えるように 「喜んで」と息子を抱え、筋トレをしていた。筋トレというのはM気質の方に向いているんだろうな。と思っていた。

道すがら

しかし登山が進んでくると、父の筋トレは充分な乳酸を溜め、 休憩を欲していた。しかし、容赦なくなる笛。父は最終的に「いや、無理じゃけぇ」と息子を説得していた。あと息子はS角のことを「山の神」といい、とても尊敬している。 途中、父が「山の神と写真を撮ってもらおう」と言って 一緒に写真を撮ってもらうときに初恋くらいのいじらしい感じを出していた。 S角は子ども人気が高い。
登山の後半、草などが皮膚に当たり少し痒みがあったので、 ムヒを借りた。その段階でS角と父も痒みがあると訴えていた。 自分の痒みはそこまでではなかったが、S角と父は痒みが腕や 全身に拡がり、父に関しては月曜に医者に言って 「こりゃ、毛虫じゃね」と言われたらしい。現段階でも二人の痒みは引いていない。登りがキツイということは下りも急である。靴が合わなかったのか、靴紐の締め方が緩かったのか、 自分は現段階で足の親指がまだ両方痛い。なんとか4時間半で山を二つ登り下山。下山後、自動販売機を探し、ついに見つけた自動販売機で 飲み物を購入し、飲んだときは何よりも美味であった。ありがとう。リアルゴールドいろはす。そして下山口近くの港に赴くと、船便の数が少ないことが判明。しょうがないので、最初に到着した港までタクシーで向かい、 14時過ぎにフェリーに乗船し、島を離れる。

登る。登る。

そこからは待望の風呂。ほの湯へ直行。 途中、S角がGIANTのチャリでもないのに、GIANTの専門店で 空気入れを借りて、チャリの空気を入れていた。
そしてほの湯。最高です。
この世の天国です。
ありがとうございます。
そして先週は緊急事態宣言で提供がなかった酒の提供もあり、 800円払って風呂に10分しか入らないS角は早々に汗を流して アルコールを積極的に摂取していた。自分は今週もサウナに入り、汗を流した。歳をとったせいかサウナの良さを理解した。あれはいい。水風呂も18度程度なら入れるし。 風呂から出て、髪を乾かしてS角たちに合流すると、 S角はもう2杯目か3杯目のアルコールを飲んでいた。メンバーが全員揃ったところで、餃子屋へ移動。餃子屋の2階を貸し切りにして飲食。全員強気な注文でなかなかの散財をした。だが、これで正解だ。
ルールの中で最大に楽しんだ。

帰り路、太ももとふくらはぎが筋肉痛だった。S角は「膝をやった。膝をやった。」と言っていたけど、 現段階で痒みしか訴えていないので、恐らく 膝はやっていない。と思われる。家についてもまだ20時前。「ロースクール」観ながら寝た。

日曜は家人とともに朝からパンを買いにいく。筋肉痛で徒歩を諦め、チャリでパン屋へ。あとは日がな一日、布団の上でゴロゴロ。ゴロゴロしてたらLINEが鳴って、昨日のメンバーの一人が 本日も登山を決めたとの連絡。小学生みたいな体力だな。と思いながら、日曜を終える。

2021GW

「光陰矢の如し」時間が過ぎるのは早いということだが、2021年現在、これは「GW矢の如し、出勤日亀の如し」が正解だと思われる。

今年もコロナがなかなかの猛威を奮っている中でのGWであった。顔見知り、SNS見知りの方々もちょいちょいとコロナに罹患した
方が出てきた。予防ももちろんだけれども、運要素も強くなってきたな。こりゃ。
というのが正直なところである。同じ場所、同じ空間にいたときの位置取り、風の流れ、会話の長さが全て影響すると思ったら、運の要素も強いだろう。と思う。

ま、全員罹患してクラスターで大騒ぎ。ってのもあると思うけれど。
だから、人と交わらない。というのは圧倒的に効果的なんだな。と理解をするところはあるけれども、そもそも人という字が人同士が支え合っている様子であり、明らかに字の段階で密だ。種々の経済活動、生産行動をしていくうえで人と協力して何らかを動かしていくという行為が必須となる方々が多く存在していることは自明の理かと思う。

その中でコロナに罹患したら、差別対象になったり、外出していたからだ!と糾弾されるという事態が個人でも組織でも社会でも至る所に存在しているのは恐ろしいことだな。と思う。未知の恐怖への対処として悪手この上ない。

ま、明らかに糾弾されても仕方ないという行動をとる人もいるから、この差別は
絶妙なバランスの上で肯定されるのだとは思うのだけれども、それにしてもコロナに罹患するより、人のほうが怖い。戦前やその前から何も変わっていない。もしかしてこれは本能なのか?ある程度、進化したいな。と思いつつGWへ突入。

今年は昭和の日から有給を取り、7連休。
基本的には家の中で過ごしたけど、数日は外へ出た。家ではネットフリックスと録画番組と作曲。作曲はちょいちょい素材が浮かんできて、スマホに動画でコードとメロを溜めていった。ひとつ、1メロで転調してサビっぽくなるという曲が出来て録音してみたのだけれども、後から聞いたら結構良い出来。
これは良いかもしれない。
今年のGWは4/23のかりそめ天国のBGMでblurが流れていたことがきっかけで土曜の朝からblurの曲を聴いていた。

blur 20年越しにその良さを知る。

全体的には昔から好みではないのだけれども、song2とか個人的にグッとくる曲も思わぬ多くてblurすごいなぁと20年の時を超えて
blurの良さを理解した。
そしてGWに作ったメロは妙に海外っぽいメロとなった。そう、すぐ影響を受ける。

ネットフリックスはほぼほぼアニメ三昧。
クロスゲームやDAYSなどスポーツ系アニメ
あだち充はいつ見てもあだち充のアニメだなぁ。と思う。主人公がいつもたっちゃんだ。そしてヒロインは南ちゃんかと思いきや、今回はショートカットの南ちゃんだった。でも面白い。見終わった後、MIXのアニメにも手を出したけど、1話を見終わった段階でもうネタが尽きてきたのか、複雑怪奇の設定だな。と思い、あだち充はここで終了。

5月に入った頃、S角と一緒に海田のワークマンに河童を買いに行った。いや、合羽だな。河童が買えるのならば、もはや想像上の生き物ではない。ただ途中通った猿猴という地域の祭りでライブしたとき、なんか町のキャラクターが河童だったことを思い出し、「いやいや、河童もありうるのか?」と思ったが、考え過ぎに違いない。もし河童売られていたとしても、購入者はほぼほぼ尻子玉を抜かれるに違いない。危険だ。

閑話休題

海田のワークマンで新品の合羽を購入した。S角はランニング用のスパッツなども購入していた。ワークマンを出ると停めておいた自転車が他の自転車と一緒に風に吹かれて倒れていた。そして川の向こうにスカートを舞い上げて女子高生たちが河原で大声を出していた。

in 海田

海田のワークマンを後にし、道すがらにあったシソと合流。シソは15時まで寝ていた。お母さん、あいつ怠惰な生活してますよ。シソ家でS角はクリアまでに72時間くらいかかりそうなゲームを始め、僕は東京グールを読み始めた。お互い時間がかかりそうなことを見たことがない黴が生息していそうな6畳間で始めてしまっていたので、途中でお互い止めた。そこからシソと買ったばかりのシソチャリを漕いで宇品へ。飯を食って帰宅。この日は温かったので半袖で出かけたのだが、帰りはカーディガンを着ていても寒かった。

途中の河原

次の日は家でずっとTV画面を観ていた。その次の日は家人が「誕生日にもらったゴディバのクーポンがアルパークじゃないと使えないので、アルパークにいくで!」と言うのでアルパークへ。せっかくゴディバのクーポンをいただいたので、チョコを…と思っていたけど、店内を見渡すとダッツ、いやハーゲンダッツより高価そうなアイスがあったので迷わずそれを6つ購入。無印に少し寄って、がんぼで飯を食って帰宅。その後はずっとTV。

起きたら晴れていた。この日は朝から登山。僕らの周りは誰かがやりたい。といったことをなるべく実現するようにしている。あるときS角が「僕、人生で一度は富士山登ってみたいんすよね」というので、みんなで「そうか、俺たちはS角がしたいと思っていることはなるべくかなえてやりたいと思っているよ」と答え、SCC(シモカドクライミングクラブ)がスムーズに結成された。

そして富士山計画が実行に移された。
そして富士山の山開きがまだ。という事実にたどり着き、尚且つ富士山って急に登れるものなのか?という基本的疑問にもたどり着き、SCCのメンバーが「まず近くの山に登ろうぜ」という非常に的を射たご意見をいただき、本日三滝駅から安佐南区のビバリーヒルズと呼ばれる住宅地まで登山をすることにした。

朝8時半集合。メンバーの一人は遠方からの参加で「次のバスに乗ると到着が8時33分になり遅刻なので、一本前のバスできた。」と7時50分から待っていた。メンバーの一人は近くなのに、8時31分の電車に乗り、8時39分に到着した。みんなとても人間らしい。

8時40分ごろに歩き始めた。三滝は高級住宅街があるらしく社員の血や涙の上に建っているのであろう大豪邸がいくつもいくつもあった。ゴルフ練習場にはマセラッティが停まっていた。世界が北斗の拳の世界になったら、まずはここに来て「ひゃっはー」と言おうと心に決めた。

三滝寺
天気はいい

登山はほぼほぼ初めてだったが、まぁ大丈夫だろうと高を括っていたら、しっかり山だった。急な斜面あり、岩場あり、難所あり。面白かったけど即筋肉痛が約束された痛みが太ももに走った。友達の息子も参加していたのだが、早々に疲れていた。が、さすが小学生。途中から元気を取り戻し、あとはずっと元気だった。隊列はS角ともう一人を先頭に進んでいたのだが、小学生が途中からS角のことを「山の神」と言い始めた。「なぜ?」と聞くと、「あの人についていくと道に迷わない」と言っていた。先頭の二人はヤマップという山歩き用の地図アプリを入れていた。そう、本来は山の神はヤマップである。
しかし小学生が嬉しそうに「山の神」と言っているのに現実を突きつけることもあるまい。と山の神の盛ったエピソードをいくつか披露してあげた。山の神S角はチャリのときでもそうだけど、先頭を行っていても絶対後ろを見ない。だから隊列を途中で引き離すこともある。今回はそれが功を奏し、小学生が「あぁ、山の神が見えなくなった。迷子になるよ。」というので、「そうだな。山の神は人間のペースには併せてくれないのでしっかりついていかないとな」というと必死に山の神を追っていた。

ヤマップいや山の神のおかげで予定より早い時間で到着。安佐南区のビバリーヒルズの豪邸を見ながら、友人宅という豪邸の外で肉を焼いた。その後、小学生が公園に行こうというので、全員で公園へ。そこで逃走者ごっこという名前の鬼ごっこをし、その後ドッヂボール。筋肉はもう限界を超えていた。小学生は逃走者ごっこのハンターを決める際に「ハゲがハンターね」と心無いことを言っていた。純真無垢とは恐ろしいものだ。

ヘロヘロの身体で安佐南区のビバリーヒルズから駅まで歩き、帰宅。即風呂に入り、就寝。

朝起きたら、もちろん身体がバキバキだった。起き上がると太ももが悲鳴を上げる。もちろんこの日は終日布団の中にいた。布団の中にいたら、GWは終わっていた。