2021/12/18-2021/12/19

金曜の夜に家人と玉ねぎ10数個を二つのフライパンで1時間程度炒め上げて冷蔵していたものを油を充分に敷き、シード系のスパイスをいくつか入れ温めたフライパンに戻した。
そう、今日は本と自由でカレーを販売する日である。思えば10月の終わり頃、道端で本と自由の青山さんに出くわした。そこで「今度カレーと弾き語りのイベントをしよう」と相成りFacebookで連絡先を交換した。
その時はお互いにカレーを作ってあいがけにしようと言っていた。

それから1か月程度、特に何もなかった。12月の初めにまた青山さんと話す機会があり、一気に話を進めた。青山さんのカレーは頓挫してしまった。自分も弾き語りは頓挫しようかと思った。そして、今週「カレーと弾き語りのイベント」が開催された。みなさん、程よく僕を勘違いをしていた。僕がカレーを作り、僕が歌を歌うだけでは集客は0なのに、「たくさん人がくる」と勘違いをされていた。申し訳ない。僕も直接は誰にも連絡しておらず、SNSで告知を数度しただけであった。もっと人心掌握したい。黒魔術でも覚えて人を操りたい。とか思っていた。
集客に不安を感じながらスタートしたのだが、カレーは程々に売れてよかった。 wave of mutilation(波)のメンバーが来店したのには驚いた。ぶーぶの息子までいた。大きかった。泣くこともなく堂々と父や母の膝元に鎮座していた。弾き語りも聴いてくれる人がいて何より。よかった。よかった。
カレーを売りながら、いろんな人と話ができたのもよかった。モモさんに急にアート系ビジネスの話をしてみたり、ウサギの芋臭さをアートの力でなんとかできないか?などお釈迦様でも匙を投げそうな難題をぶつけてみたりしていた。モモさんはちゃんと話を聞いてくれる。いい人だ。23時ごろ帰宅。帰宅後、両足の太ももが非常に痺れていることに気づく。いやぁ、疲れていただんだなぁ。と思うと共に就寝。

日曜は起床後、そそくさと準備。家人もソソソソと準備。8時半に家を出る。今回、所属している登山部隊とは別動隊として初心者向け登山として家人と共に出発。本隊は7時から海田方面の山から府中の山へ5時間コースで登山を決行している。別動隊の3家庭は10時に府中の高尾山という山の駐車場に集合して高尾山のみ登るという予定だったのだが、1家庭は嫁の体調不良で、もう1家庭は地元が大雪でキャンセル。結果、家人と二人で登山を決行することと相成った。家人は中学の頃、体育でバスケをした際、味方のパスで指を骨折するという自他共に認める運動音痴なので、登山をすることにも渋る。渋る。その渋る家人と共に初めての登山。

登山口

登山を始めると、割と良いスピードで登っていく家人。もしかしたら登山に向いているのか?と思いきや登り始め6分で休憩を所望してきた。

細かな休憩を挟み、登る。登る。

所望されるまま、休憩をとり登山を続けると途中から慣れてきたのかグイグイと登っていく家人。ただ景色がきれいな場所に出ても景色を楽しむ余裕はなく、ただただ「頂上はまだか?」と登山の終わりを気にしていた。

よい景色であった。

登り始めて1時間半程度で何かの仏像のとこに到着。ここが頂上かと思いきや違うらしい。

これの裏が
これ

頂上を目指すべく家人と共に歩き始めると目の前に岩と紐が現れた。紐を掴み、岩を登るようだ。家人のテンションは激落ち。家人にそこで待つように言って紐を掴んで上まで登ってみた。そこが頂上であれば危なそうだけど頑張ってもらおうかと思ったのだけれども登ったところは三角点とか記載があるだけで頂上ではなかった。「これは…」と思い、また岩を下りて家人に「これ登っても頂上じゃないからここで帰ってもいいけどどうする?」と問うたら即答で「終了です」との返答。下山開始。

下山時の家人はとても元気であった。まさに開放された感じで登りのときにはあれほど興味を示さなかった景色に対して「あー、ええ景色や。綺麗やな」と感動を口にしていた。そして登りのときには決してみせなかった元気が下山時の顔には元気が覗いていた。

交通標語がいいね。

下山後、しばらく待って本隊と合流。本隊はすごいスピードで山を降りてきた。多分トレイルランと変わらぬスピードだと思う。僕らが1時間半かけて登った道のりを下りといえども25分程度で降りてきた。しかし本隊は4名のはずだったのだが、降りてきたのは2人であった。あとの2人を待つこと30分。漸く下りてきたと思ったら隊員の1名が途中足を挫いていた模様。根性のある隊員なので歩いて降りてきていたが挫いた足を見ると「これは腫れてますね。かなり」というくらいの腫れであった。結果、週明けに病院にいくはめになり靭帯を損傷していたらしい。これで今年の登山は終了。来年もいくつかの山を登れたらよいな。