2022/03/26-2022/03/27

油そばを喰うぞ

金曜は夕方、家人と町で待ち合わせて東京油組総本店で油そばを喰う。広島の一等地でカウンターのみで10席強。回転数命の布陣で商売をされていらっしゃった。家人と二人で訪れたのだが、券売機で券を購入した際には席が二つ空いていたのだけれども隣同士ではなかったため、店員さんから「座ってお待ちください」とのこと。

回転数を稼がないと!

回転数命の布陣からすると、「飯食う時くらい少しくらい離れててもいいだろ!」と思いそうなもんだな。と思っていたのだけれども、「せっかくの飯なんで隣同志で喰いたいだろ。」という対応は心証を変えるな。とも思った。油そばは美味かった。家人は「ここは醤油がクルな。みやじ(違う油そば屋ね)は塩がクル。」と醤油と塩で2店舗の味を比較していたが、僕はみやじの味を思い出すことができなかった。ま、いつもみやじではつけ麺喰ってるしね。

デザート

油そばを食した後、コメダ珈琲で甘味を食す。コメダ珈琲なら喫煙ルームくらいあるだろ。と高を括っていたら、喫煙ルームはなかった。

喫煙欲って不思議だよね

煙草というのは不思議なもので、気にしなかったらかなり時間が空いてても吸わなくても平気なのだけれども一度気にしはじめたら、煙草を吸い始めるまでずっと「煙草吸いたい」欲が消えない。なんとはなしに「喫煙ルームくらいあるだろ。」と思ってしまったので、喫煙ルームがなく煙草が吸えないと認識すると、非常に煙草が吸いたくなる。なんか名前がついてそうな心理状態ではあるが、この状態に陥る。

テイクアウトNG

ただ隣のテーブルの20代くらいの女性がミックスジュースのテイクアウトが出来るか?と店員さんに確認したら、店員さんから「できません」と答えられていたときはその会話に集中していたので、喫煙欲はなくなっていた。「そうかーミックスジュースはテイクアウト出来ないんだ~」と思っていた。コメダ珈琲を後にして、並木通りのステレオレコーズへ。

ジェイルのトークショー

jailbirdY(以下、ジェイル)の新譜発売記念トークショーを観に行くことと、新譜購入とハローさんのTシャツを買うことを目的に来訪。家人もジェイルが好きなので二人して出かけた。出かけたものの開始30分くらいで家人は気分が悪くなり、階段にへたりこんでいた。「座っとけば大丈夫だ」とのことだったのだが、「流石にね…」と思い、イベント最中に新譜とTシャツを購入し、早々に帰宅。

トークショー

お布団にダイブ

家人は帰宅するなりお布団にダイブを決めていた。土曜は数日前にぶーぶから連絡をもらっていたので、午後からぶーぶ宅へお邪魔する予定であったが、その前に歯医者の定期健診。いつもならチャリでちゅいーんと出かけるものの今回は生憎の雨模様。

jailのレコード

雨模様の歯医者

市電を駆使して西広島まで出かける。予約は10時だが、時間が読めないので9時過ぎに市電に乗車。すると、9時40分には歯医者の受付の前にいた。市電って思いのほか早いんだね。と思った。

まじで似てる

呼ばれて診察台の上で口を開けていると今回は舌足らずの歯科助手さんが担当だとばかり思っていたら、結果、元ヤンみたいな口調からバージョンチェンジを図った歯科衛生士さんのほうであった。マジで雰囲気似てるな。二人の違いに気づいたのは、歯磨きが終わったあり機械で口内を掃除するときであった。舌足らずの歯科助手さんのほうは資格がないので機械を使った処置をすることができないので、いつも「ちょっと待ってくださいね」と衛生士さんを呼びにいくのだが、スムーズに機械を取り出し、「口、開けてください」と言われたので、「これは衛生士さんのほうだ!」と違いに気づいたという顛末である。それくらい似ている。気がする。歯医者終了後、市電で帰宅。

お迎えぶーぶ

帰宅してたらぶーぶが「雨降ってるんで迎えにいきましょうか?」と連絡くれたので、「ありがたく」と即答し、お家で待機をしていた。13時過ぎにぶーぶのお迎えが到着し、下に降りてみるとS角先生が助手席に鎮座しておられた。車に乗り込むとぶーぶから「今からおっくんさんを迎えにいきます」とのことで、一路おっくんを迎えに出発。

武闘派へのパッシング

おっくんと合流したあと、ローソンで食料を買いぶーぶの家に向かおうとローソンを右折したところでどうやら一方通行区間?だったらしく対向車がパッシングをして知らせてくれた。そこで車をUターンさせたのだが、後部座席のおっくんが「なんや!パッシング!」とご立腹されていらっしゃった。「なぜ!」と思いつつ理由を聞くと、「なんか偉そうじゃないすか?直接言いに来いや!」と血気が盛んであられた。皆で「あのパッシングは悪くないよ~。逆走を教えてくれたんだよ~。」と言ってみるものの血気は盛んなままであった。ぶーぶの家は良き立地に、良き延床面積で快適そうであった。車中、文句しか言ってなかったぶーぶのブラック企業が「住宅手当を支給してくれてるので割といいとこ住めてます。」と言っていた。因みに僕は住宅手当はない。もしかしたら僕は黒よりも深い色のとこに所属してるけど気づいてないだけなのかもしれないな。と思った。

2歳児に見える0歳児

ぶーぶの家に上がってみると、1歳半~2歳児に見える0歳児が転がっていた。父親似で骨太で可愛らしい。S角先生はおくるみ?や手ぬぐいなどを用意しており、常識人として立派な対応をされていたが、僕は近くのスーパードラッグで買った300円程度の菓子を土産にしていた。こういうとこだな。と思ったけれども反省はしない。

飲酒

その後、檸檬堂、チャミスルを飲み、顔を赤くしたりしていた。S角先生はPS5で剣を振りかざし、巨人の弱点を見つけて、巨人の脳天やアキレス腱を剣で切って遊んでいた。おっくんは感極まったり、笑ったりしていた。19時過ぎにぶーぶの家を出たら、雨が止んでいた。S角先生が徒歩にて帰宅するというので、それにのっかって徒歩にて帰宅。おっくんが途中練習?にでかけ、S角先生と二人で迷い家へ。

いっきさんin迷い家

迷い家に着くと、いっきさんが呑んでいた。いっきさんと合流してしばらく呑む。ここでもハイボールを1杯呑む。なかなかキツかったけれども、ハイボールを飲み干す。いやぁ、呑めるようになったな。俺。と思いながら赤ら顔で会話。9時半前におっくんも合流して呑む。10時過ぎごろにいっきさんが帰るタイミングで一緒に帰宅。S角先生+おっくんは恐らく長い。だから、ちょうど良いタイミングで帰宅ができた。と思う。帰宅後、家人に徒歩で帰ってきてて途中で迷い家に寄ってきたよ。というと「ふーん」と言っていた。

家人の眼鏡

日曜はまた徒歩で町まで出かけ、家人の新しい眼鏡を購入。その後、みやじ(油そば屋)で昼飯。家人は油そばを食べ、家人が金曜に言ってたことが間違いない。ということを確信していた。僕はつけ麺を喰っていた。

春ですな

帰宅時に桜が満開の寺を発見した。もう春だなぁ。と思う。

大泉さんとこの洋くん

帰宅後、水曜どうでしょう。を見始める。全話配信かと思いきや、サイコロの旅編であった。1997年にめちゃくちゃサイコロ振って移動してるな。と思ったのと、大泉洋は1997年には今の大泉洋が完成されていることが凄いな。と思った。思った後に、変わっていないことはいいことなのか?完成しているとすれば、それはゴールだからいいのか?と考えて多分後者なんだろうな。と思った。でないと、地方の大学生タレントが20年で日本のお茶の間は席巻できないわな。と思いながら、大泉洋がイタリアに行かないと行けないのにミスターが寝てる間にドイツ古城街道に突入している風景を観ながら家人と共に笑っていた。

2022/3/18-2022/3/21

ファイザーをば

金曜はワクチン3回目接種のため、特別休暇。前日にドラクエウォークでモンスターが追加されてたので、捕獲がてら歩いていこうかな。なんて思っていたら、雨じゃねぇか。傘さすだけで精一杯。橋を渡り、隣のブロックの病院へ。簡単な問診を受け、早速ファイザーをブスリ。刺してくれた女性の看護師さんが左利きだった。15分ほど待って帰路。

ここは一体…。

建物を出るとき1Fフロアに老人が溢れていた。一体ここはなんなんだろうな。と思って考えてみたけれども、総合施設みたいなものかな。と。老人施設、病院、入院施設もあるのかな?極めつけは隣が寺社仏閣なので、弔いまで一気通貫、オールインワンでOKです。みたいな感じかな。と思いながら帰宅。本当はどんな施設なのかは調べてないから分からないし、調べる気もあまりない。

Notは・つ・ね・つ

家に帰り、今回は熱が出るかもしれない。と家人が用意してくれた解熱剤を手元に置き、布団に寝転ぶ。一向に何も起こる気配がない。注射を打った腕が鈍く重い。これが唯一の違和感であった。そのまま何をするでもなく、日がな一日ぼーっとしていた。

土曜起床後も変化はない。良かった。あ、腕は鈍く重いままだったな。午前中は探偵ナイトスクープを観て、風呂に入る。午後にuberを呼びつけて町へ。

い・な・か・も・の

本日は「田舎者」久しぶりの開催且つ初めてroxetteでの開催。roxetteはcomaのビルの3Fにできた新しいライブハウスである。ちなみにcomaはスタジオになった。初めての利用ということでオーナーさんに簡単に説明をしてもらい、尚且つほぼほぼ最後まで会場にいていただいた。roxetteやcomaやmadhouseは基本、箱だけ貸すというスタイルで借りたほうがバーカンもPAも照明も全部するという前提で人件費を削り、安価な料金設定となっているので、オーナーさんが稼働してしまったら、損なのに初めてということで最後まで付き合っていただき感謝、感謝です。

感謝ばかりですわ

知らぬ間にバーカン業務もしていただき、重ね重ね感謝です。イベントは関西から3組、広島から3組という形。関西からはMerryGhosts(2人),アシスタンツ(2人),ガリザベン(1人)という3グループ合わせて5人。これは車1台で来れる。出演者だけならセダンで来れるな。広島はウサギとスピーカー、ヌイルと素晴らしい二組に力を借りることができたので、始まる前から「うん、これは間違いねぇだろ」と高を括っていた。そして結果、高を括ったままでオールOKだった。

俺が不安材料

1点、久しぶりにPA業務を自身が行う。ここだけが抜群の不安材料である。このことを失念しておりました。が、終わってみれば何とかなったという想いでいっぱいである。スピーカー堀部さんにも多分に手伝っていただき、感謝、感謝です。またPAのみならず、ステージ内のセッティング(ドラムの移動とかね)では、スピーカーのいっきさんに多分に手伝っていただき、セッティングが多く変わる状況でしたがスムーズに進行することができました。ありがとうございます。こちらも感謝、感謝でございます。また集まってくれたお客さんの醸成する雰囲気も最高でした。これまた感謝、感謝です。

田舎者スタート!

イベントはウサギからスタート。久しぶりの広島四人編成でのライブでどうだったのか?という感じはあるものの楽しくはできたかな。という感じ。最後、曲の途中でアクションを起こすとギターのストラップが千切れ、ギターが床に打ちつけられ「はぁぅ」と思ったもののギターを拾い上げ、ギターを演奏しようとするも音が出ない。後から確認すると、ギターとアンプをつなぐ線もキレイに断線していた。なので、最後の曲はハンドマイクで歌だけを歌っていた。

そしてこれで腰も痛めました。(撮影:simon)

MerryGhostsは圧倒的な演奏とパフォーマンスの完成度であった。寸分違わぬ演奏の中に熱を込める感じ。息が合うとかそんな感じではなく、塊になる感じとでも云おうか。どんどん円になる。うーん、元気玉が出来上がる過程を見るようなエネルギーが溜まって上に突き抜けていた。

MerryGhost (撮影:simon)

スピーカーは久しぶりのライブということを感じさせない静と動の表現。PAの傍ら照明をしており、タイミングを合わせて照明を暗転から再大光量にしようと思っていただけれども、いっきさんのタイミングを見ようとしてたら、誰かの後ろ頭がずっといっきさんの手元を隠しており、ヌルっとした照明になってしまった。(写真がないのはおそらくここでsimonは酔いがかなり回ったのだと思われる。)

ガリザベンは渋い歌うたい。PA的には声にリバーブかけさせてもらって後はボーっと聴き入っていた。前にふらんす座で聞いたときも思ったけれども、こういうタイプの人も天才なんだろうな。と思う。通常時からは想像がつかないところへ着地する感じ。

ガリザベン (撮影:simon)

アシスタンツは初見だったのだけれども、MVを観てイメージだけは持ってPAにチャレンジ。ライブはエネルギー、漢という激情を絞り上げるような感じで観ている人の高揚感を一気に高め、高い位置でギュウゥと絞り、噴出した滴る液体がステージに溢れているような素晴らしいライブだった。まさにライブ。生きてるぜ!って感じ。PAもリハよりは全然本番のほうが良い感じに鳴っていたと思う。

アシスタンツ (撮影:simon)

最後はヌイル。都合でリハなしぶっつけ本番。これだけでも漢らしいのに出音も客席も最初からMAXで最後までMAXだった。「大阪のバンドがみんなアンコールしてくれなかったので、僕らもやりません」と言ってたけど、最後はイベントを締めくくるべくアンコールしてくれてナイスでした。アンコール後、呑まず食わずで3日友人との約束を守るために走り続けたかのような限界のグロくんが床にちょこんと座っていました。(写真がないのはおそらくsimonの酔いがMAXで、誰かに肩車されて大盛り上がりで踊っていたせいだと思われます。)

終演。

終演後はしばらく会場で談笑してたら、ヌイルが場所を見つけてきてくれて、打ち上げらしい打ち上げができました。感謝、感謝です。打ち上げが終わるころにはいろいろみんな出来上がっており、良い日になったなぁと思いながら帰宅。家に帰ると、一日中立っていたせいか疲労という名の筋肉痛が襲ってきた。

父曰く

日曜はただただ布団とソファを行き来していた。両親が来たのが日曜だったような月曜だったかな。ギターを始めるとのことでドブロギターを上げた。もらってるくせに「もっと普通のはないのか?」などと文句を言っていた。そして年のせいなのか、元来そういう性格なのか、「できない」「もう無理」と言ってたので、「やらないとできないよ。」と基本を教えてやったら、屁理屈を唱えていた。うちの父親こんなにネガティブだったっけな。と思いながらも最終的にはちゃんとギターを抱えて帰っていたので、youtubeで吉田拓郎の洛陽のコード動画を観て練習するのであろう。

ラーメンを喰ってみた

月曜は昼過ぎにちゃんぽんを食べにでかけたもののあまりお腹がすいてなかったので、博多ラーメンを喰ってみた。ラーメンは少し塩辛く感じたので、ちゃんぽんのスープのほうが好みかな。あとはただひたすら家で布団とソファを往復しながら、録画したTVやネットフリックスを観ていた。あ、カレー(グレイビー)も作った。

2022/3/12-2022/3/13

まんぼう明け

金曜は仕事終わりで久しぶりに迷い家へ。夕方の浅い時間でも店内は程々賑わっており、カウンターに座り、チビチビあまり呑めない酒を呑む。チビチビやっていると、ガラガラと引き戸を開けて、いっきさん登場。隣に座ってもらって諸々話をする。

久しぶりの…

迷い家の二人もいっきさんも来週の田舎者にヌイルとスピーカーで出演いただくので、この日に会えてよかった。いっきさんと、とりとめもない話をしながら過ごす。良い良い。途中お酒をお代わりして、煙草を吸いに外へ行こうと思ったら千鳥足。これはいかん。と煙草を吸ったタイミングで精算。精算したタイミングでひさしさんが登場。座っていたいっきさんの隣の席をひさしさんにお渡しして帰宅。

スライディング睡眠

家に帰ると、布団が敷いてあったのでそのままスライディングのように潜り込み、スライディング睡眠。恐らく22時前である。土曜の朝は前日のスライディング睡眠&アルコール摂取が効いたのか5時前に起床。こうなるともう老人をも追い越した早起きでは?と考えながらしょんべん。アルコールを呑んだ後の朝のしょんべんは独特な匂いがするなぁ。と便所で考えながら、しょんべんを済ます。

朝、それは珈琲。

そして珈琲を入れる。最近買ったインスタントのほうは粉っぽいけど、ミルク入れると美味いよね。と家人が言っていたのだけれども、その通りだな。と思う。豆の珈琲は家人が起きたら淹れてくれるので、それまではインスタントを飲む。6時過ぎ頃に家人が「うあぁー」と変な前髪と共に起床し、普通の薬缶にお湯を沸かし、沸いた湯を先のほっそい薬缶に移して珈琲フィルターに入れた挽いた豆の上にちょろちょろと湯を垂らしていた。その珈琲を飲みながら、かりそめ天国か何かの録画番組を視聴。

山の小春日和に併せて

7時半過ぎ頃にバタバタと着替えと「今日は暑くなるらしい。」「じゃ、Tシャツか?」「いや、Tシャツは流石に早い」などの議論をしながら準備を整え、チャリで横川駅へ。7時58分の電車に乗って宮島口へ。本日はバンド仲間と登る宮島弥山ツアーである。宮島口の駅を降りて、近くのお土産物屋みたいなコンビニで飲み物とパンを購入。集合場所のフェリー乗り場近くの喫煙スポットを目指す。

痩せた迫兄、泣いた赤鬼

コンビニを出たところでにーくんと痩せた迫兄と遭遇。迫兄は前に会った時より30キロ瘦せていた。米を喰わない糖質制限で痩せたらしい。あの面白くパンパンに膨れ上がっていた尻と太ももがシュッとしていた。ただ痩せても顔は変わっておらず、ついつい被写体にしたくなるその愛くるしさと狂気を孕んだその表情は変わっていなかった。

山の痩せた迫兄

ガラス玉のような眼

迫兄はうちの家人と同郷で尚且つ非常に正直な性格をしている。「人の葬式ってみんな一様に神妙にしてて、そこはかとない面白さがあって笑いそうになりません?」と蛭子さんと同じようなことを言う。それが迫兄である。そんな迫兄が痩せている。

登山家にーくん

集合場所に行くと、リーダーのS角先生、おっくんは到着していた。ひとつ前の電車で来たらしい。集合場所に合流し、一服。にーくんの装備が登山家風になっていることに気づき、聞いてみると、嫁のお父さんが登山が趣味でいろいろくれたり、貸してくれたりしたとのこと。結構登山が趣味の人っているんだなぁ。と思いながら、宮島へ。

島へ

すぐ出る船に乗ろうとしたら、S角先生たち現金購入組が遅いほうの船の乗船券を買っていたので、5分遅れの船に乗って出発。宮島行の船はそこそこに満席でマンボウが明けたことを実感する。おそらく岩国からだろうけど、海外の方の姿もちらほら。宮島に降り立つと、宮島の喫煙所で一服。

登山開始!dead end!

その後、登山開始。おっくんを先頭にS角先生、自分、迫兄、にーくんの順で登り始める。前に登った時に「dead end(=死、そしておしまい)」と書いてある看板を見つけていたので、迫兄にこれから登る山の途中に「dead end(=死、そしておしまい)」って書いてある看板があるよ。と教えてあげたら、「deadでendっすか。ええすね。」と言っていた。

迫兄の体力

迫兄が体重が減ったせいで身が軽く、はじめての登山の割に全く息を切らすこともない。まさかこんな登山スペックが迫兄にあったなんてと思いながら進む。にーくんはちゃんと疲れていて、自分も疲れていたのでなんだろう。しんどさを共有できる心の友を見つけた感じであった。あとの3人は全く疲れていない足取りで今回も予定の200%のスピードでグングンに山を登る。この日は暑かったので途中でTシャツ1枚で登山。

ふう、到着。

弥山に到着し、一息つくと次はdead endを目指して駒ヶ林へ。岩山の山頂に向かう途中でdead endを発見し、迫兄は嬉しそうに写真を撮影していた。駒ヶ林で昼飯を食す。

撮影風景

おっくん、サプライズ。

おっくんが様々なサプライズを用意しており、皆が喜んでいた。今回はにーくんもいろんなグッズを忍ばせており楽しかったな。飯を食い、ウダウダしていると「この岩肌は…」と思い立ち、ロッククライミング調の写真が撮れると踏んで撮影開始。結果、良い感じの写真が撮れた。ひとしきり楽しんだ後、駒ヶ林を下山。

駒ヶ林からの風景

ゲリラレディオ!あおぅ!

そういえばおっくんが熊除けという名のハンディスピーカーを持ってきており、Bluetoothで音楽を再生してくれた。駒ヶ林の下山一歩目でレイジアゲインストザ・マシーンのゲリラレディオが流れた。見事なシュールさに一同笑いがこぼれる。何か試合が始まるのかと思ったよね。その後は山を一山スルーして下山。

気持ちの良い山頂にて

大岩とにーくんのにー(膝)

途中で迫兄は「大きい岩を見ると、興奮しますね。」と思わぬ性癖を伝えてくれ、にーくんは「膝が…ちょっと痛い」と体調の不良を伝えてくれた。駒ヶ林の山頂でにーくんが「クラフトビール」という単語を発して以来、S角先生は「下山したらビール」という呪文に囚われていらっしゃるご様子だったので、とりあえず呑めるところを探した。結果、宮島の商店街みたいなとこの中頃にあったクラフトビール屋で650円のビールをそれぞれ注文し呑んだ。疲れているせいなのか、

クラフトビール

酒!風呂!

酒が吞めるようになったのか美味かったな。ビールの吞んだ後は風呂へ。と思っていたのだけれども、風呂は15時からで現在の時刻は14時過ぎ。最初の宮島の喫煙所に戻り、2服くらいして風呂に移動。風呂に移動する前ににーくんがしまうまベーカリーみたいなパン屋の看板を指さし、「ここ、前に泊まろうと思って予約したんですけど、コロナでキャンセルしたんですよね。」といい、「罪滅ぼしじゃないですけど、パン買ってきます。」とパンを買って食っていた。

島(しま)旨(うま)

S角先生は早風呂

そして風呂。前にも来たことがあったのだけれども、今回は露天にも入り、サウナにも十分入り、1時間半くらい満喫していた。S角先生は風呂にかける時間は勿体ない。という派閥なので、15分くらいで風呂から出て酒を喰らっておられた。全員風呂から出て一服したあとに船に乗り、本土へ。

風呂に入る前

かみちょう

そこから横川に電車で戻ったあと、にーくんは用事で帰宅、迫兄は練習とのことで、おっくんとS角先生と3人でかみちょうという飲み屋へ。かみちょうはS角先生のタワーの後輩、自分は「導火線と意見」というイベントしていたときのスタッフという関係で要は知り合いの店に飲みに行ったという感じだ。S角先生がメニューにないのに、「米が食べたい」とのたまい、米を炊いてもらったりしていた。

じゃ

久しぶりにあったスタッフは変わらず元気そうで何より。「飲食初めて10キロ太りました。あと飲食もらえる金が多いっすね。」と言っていた。22時頃まで楽しんだあと、帰宅。S角先生とおっくんはかみちょうの後輩を連れ、練習終わりの迫兄とも合流し、またどこかへ行ったそうだ。

チャリを探して三千里

日曜、目が覚めたあと、家人と探偵ナイトスクープを観たりしていたら、おっくんが「チャリがない」と朝から街中を歩きながらチャリを探していた。どうやら昨日の夜はタクシーで帰ったらしいのだが、チャリを何処に停めたのかは覚えていないらしい。結果、夕方18時ごろサンモール付近でチャリを発見していた。執念の捜査だな。おっくんは警官に向いているのかもしれない。とか思っていた。

発見、オケラ2号

夕方過ぎにSNSを見てたら、静岡でお世話になったオケラさんが広島にいるとのことで連絡を取ってみた。うまいこと繋がり、珍味で飯を食いながら2時間くらいオケラさんとオケラさんの親会社の社長さんと話す。いろいろ話せて楽しい。最終的に社長さんが奢ってくれた。ありがたい。ありがたい。

おでこに「ちんこ」

帰宅後、布団の中でゴロゴロしていた家人のおでこを撫でて、その広いおでこに指文字で「ちんこ」と何度も書いて遊んでいたら、「いってぇ。バカ」とどうやらおでこの端にある吹き出物に触れたらしく烈火の如く怒っていた。その後、家人は知らぬ間に寝ていたので、その横で「魔女は甦る」という小説を読みながら就寝。

2022/3/5-2022/3/6

俺の荷物1

土曜は起床後から割とバタバタ用意。朝から風呂にも入って10時過ぎの市電に十数キロの機材を抱え乗車。自分は楽器関係の荷物は両手が空くほうが利便性が高いと思っており、エレキギターとエフェクターと呼ばれる音色変換器をひとつのケースに収納して、両手を空けているのだが、両手が空くことと引き換えにしている肩と背中への負担がえぐい。

俺の荷物2

ケースはアコースティックギター用の胴の深いケースを使用して、エレキギターの上にクッションを敷き、その上にエフェクターの乗せたボードを収納しているのだけれども、これが重い。しかもduoでの演奏となると、ただでさえ重いこのケースに加えてもう一つ、リュックを抱える。そう、duoでやるときは両手は空かず、片手でリュックを持たなければならない。もはやメリットはほぼない。そして荷物の総重量はおそらく15キロをゆうに超える。

ライブにいるのよ。この荷物。

しかしながら、この荷物がないと思ってるようなライブはできない。うーむ、明日の朝起きたら急にmisiaやAIみたいなとんでもない声でも手に入ってねぇかな。と思うけれども、世の中そんなに甘くないので、毎回重い荷物を背負い、持ち出かけるのである。

東へ

10時40分頃のJRに乗り込み、尾道を目指す。ま、一旦乗車してしまえば、尾道の一つ手前の糸崎までは電車一本である。横川から乗ったので座れはしなかったものの、広島駅で大量の乗降があることは明白。二駅立って、広島駅の乗降に併せて席を確保。席の前に荷物を置くので、きゅうきゅうながら着席できるのはありがたい。

どんどん東へ

天神川、海田、安芸中野、中野東と景色が急激に田舎になっていく。安芸中野、中野東の辺りが住むには良さそうだな。と思いながらもこの辺に暮らすにしても自家用車はおそらく必須だな。とか考えながら景色を見ていた。そういえばこの辺に住んでいる短髪兄貴のメンバーの方々も全員自家用車で移動していたことを思い出したりしていた。

思えば遠くへきたもんだ。

八本松、西条の辺りで再び多少駅の廻りの建物は少し密集するものの線路沿いから見える景色は田舎である。それ以降の白市、河内などは駅も含めて田舎だ。生まれ故郷の防府の自分が育ったところよりも田舎かもしれない。

ベスト8くらいでしたよね?昔

どこかの駅の目の前に総合技術高校があった。10年以上前に創設後すぐに高校野球の広島県大会でベスト8かなんかになった高校だという記憶がいつまでもある。甲子園には出てないと思うけど、なんかフレッシュで強豪校になりそうな高校というイメージなのだけれども、恐らく10年以上経ってるので、もはやフレッシュでもなんでもない。地元の野球がちょっと強い高校ってのが現状のイメージなのかな。などと想像をしてみる。

乗り換え。乗り換え。

終点糸崎で上記のクソ重い荷物を持って降り、15分くらい駅のホームで待機して福山行きの鈍行に乗車。結構長い一駅の区間を乗り、尾道駅に到着。最近新しくなったのであろう駅舎にはコンビニとお土産販売書があった。てくてく歩いていると後方の若い集団の口調が明らかな関西弁だったりとコロナ禍でも一定数の観光客は訪れているのだなぁ。と思う。

関西人の特徴

今回の旅で若い関西弁の集団に3組出会ったのだが、どの集団も口調も歩調も速い。こういうのは県民性や町の特徴に繋がるのだろうな。と思う。そういえば前、尾道に来た時に駅舎の話を聞いたことがある。尾道は移住者を多く受け入れており、町の雰囲気や歴史も相まって若者~中年が夢を持って移住することが多いそうな。

聞いた噂ね。

その移住者VS昔からの住民の間で駅舎立て直し論争があったのだそうだ。※本当か嘘かは知らないです。ただ、尾道に行ったときに聞いただけ。移住者「この古い駅舎は文化的価値がある。絶対立て直すのは反対。」昔からの住民「古いんだから立て直せよ。あとコンビニあると便利だから一緒に作ってくれ。」というまさに水と油の論争の結果、地元民の主張が勝利。という話を聞いたときに理想と現実という言葉の具体例だな。これ。とか思って印象に残ってたことを思い出した。

尾道ラーメン

そんなことを思いながら、12時半くらいの尾道の町を歩く。15キロ程度の荷物を抱えながら。商店街の中は半分くらい店が閉まってて、数軒行列を作っていた。「パン屋航路」とか。途中で赤兎馬って看板が出てる雑兵というラーメン屋でラーメンと半チャーハンのセットを喰う。所謂尾道ラーメンで尾道感を味わう。ラーメンを喰って、会場まで歩く。都合1.5キロの移動。

リハーサル

会場に着いて、荷物を下してリハを待つ。15分くらいでリハになったので、いそいそと準備。リハ。特に困ったこともなく、終了。良かった。

ワッフルが名物です。

その後、対バンの子に教えてもらった尾道浪漫珈琲というとこで喫茶。ワッフルを食す。店内の半数くらいはワッフルを食しており、尚且つプレーンワッフルが550円という手ごろ感。注文するしかない。プレーンワッフルはワッフルの上にアイスクリームが乗っているように思っていたのだが、メニュー表にアイスクリームは別で110円と記載があったので、アイスクリームをダブルにする金額だとばかり思っていたら、アイスクリームのように乗っているのはバター(単価から考えておそらくマーガリン)であった。家人がプレーンワッフルにしていたので、事なきを得たのだが、自分はバターもマーガリンも食えない。チョコバナナワッフルにしてて良かった。と心底思った。

チョコバナナワッフル

家のように休む。

そしてホテルにチェックイン。wi-fiもchromecastもあって充電しながら、相席食堂を観ながらベッドでまどろんでいた。家人は海側の部屋だったせいか、カーテンを開き、海に向かって「ビュー」と言っていた。

ビュー

ライブ

その後、会場に戻り顔合わせ後、開場。ライブ。ライブは7組と出演者が多く、出演順は一番最後。年齢のせいか、寒さのせいか、その両方か、後半になればなるほど身体を休めながら演奏を聞かせていただいた。楽屋?というのか暖房の効いた部屋を発見し、半分見ては身体を休めに暖房の部屋に戻り、座る。ということをしていたせいか、割と体調は良い感じで最後ステージに上がれた。

屈曲花
FREAKY STYLEY STOMPER
人体工学
Ostro
ヨルノアト
サアディン・ヘッド

ライブはいつもどおり出来たかな。大きな失敗もなくよかった。最近、途中で音が出なくなるということが多々あったので、無事に終わるとありがたい。ループで途中で音が出ないとか中々の地獄だしね。

疲れた。寝る。

ライブ後はホテルに戻り、就寝。翌朝、早々に電車に乗り込み帰宅。前に買っていた「子供を殺してください」という親たちという漫画の読み返しをしていたら、広島に着いていた。

バーガーキングうめぇね。

ホテルで寝ていたといえども、年齢的に体力が落ちているので、日曜は一日中家で休息。途中、バーガーキングのハンバーガーを食べてみたいと思って注文。初めて食ったけど、美味いね。バーガーキング。uberで頼むとなかなかのお値段だったけど。と思いながら、日曜の夕暮れと共に就寝。20時ごろに目を覚まし、そこから2時ごろまで寝れずに布団の中で「流れ星銀」を読んでいた。

2022/2/26-2022/2/27

人間ドッグ近し

人間ドッグが近くなると、毎年一本気な便が噴出されるよう摂取するその日めがけて体調を調整する。調整と言ってもR1ヨーグルトを朝飲むというだけなのだけれども、これで体内環境が整うで安い買い物だな。と思う。日々、カイエンペッパーや唐辛子を好み、冬の最中にもアイスを貪り食う自分としてはこういう検診がある。というだけでありがたいと思う。

家人は行かない

家人にも毎年人間ドッグを勧めるのだが、最近重い腰が上がることがない。面倒くさいにすぐ敗北する女、それが我が家人である。家系的に長寿家系であることに胡坐をかきかき、暮らしている。日々、いろんなところが痛い。耳鳴りが取れない。などといい単発で病院には行くものの人間ドッグにはいかない。これが我が家人である。土曜はいつものちゃんぽん屋でとうがらしちゃんぽんを食べようと思っていたのだが、上記の都合により、「人間ドッグの便を取る前日に辛い物を食べるのはいかがなものか?」という家人のアドバイスで、江波方面にぱんちょりというカレー屋さんがあるので、歩いていってみようと相成った。

江波へ

とことこ歩いてぱんちょりに向かった訳だが、ぱんちょりの前には8人くらいの妙にファッショナブルな方々が並んでいた。2人並んでても止めようと思っていたので、8人の行列を見た段階で、「カレーはまた今度にしよう」と決定。そのまま南に歩き、江波の陽気を目指した。途中、トンネルの手前の家にジープのsaharaが停まっており、そういえば友達が家族からのクレームでジープのsaharaを手放し、三菱のデリカを購入すると言っていた話を思い出して家人にしてみたりした。

中古車売るならNOW

家人は家人で最近の輸入の事情から昨今は中古車販売業の業績が良いらしいと言っていた。saharaが高額で売れて、三菱のデリカ購入の足しになればいいなぁ。と思いながら、南へ。月曜に友達に会って話を聞いたら、思ってたよりデリカが高額で中古のベンツにしようかと思う。と言っていた。トンネルを超え、更に南を目指し歩く。途中、右に折れてカーブに沿って歩き、江波山気象館の坂の目の前に現れた。陽気。

夕方からかい!

夕方4時半開店とのことでそもそも昼飯時には営業していなかった。家人は「ま、こんなこともある。いや、こんなことだろうと思っていた。」的な言葉を残し、家に向かって歩き始めた。歩きながら、陽気の前の道路と市電沿いの道路が二つが中途半端に発展しているのが合点がいかない様子であった。確かに舟入は市電が走る道路沿いに路面店が集まっている。少し歩くとバスが停まっていた。なるほど、江波はバスの道路と市電の道路が違うのだ。舟入はバスも市電も同じ道路沿いなので一か所が発展したのだけれども、江波は分散したというわけであろう。しかしながら次になぜ舟入はバスも市電も同じ道路で江波は違うのか?という疑問が残る。

名探偵、俺

これは推測になるのだけれども恐らくは江波は原爆の被害があまりなかったというのが発端ではなかろうか?これを裏付けるのは江波の区画である。江波は舟入に比べて区画整理がされていない。されていないというより、昔のままなのだ。そこから元々はバス通りがメイン通りであり、こちらがメインに発展していた。幸い、原爆の被害も少なく焼け野原になることもなかったので、区画がそのまま残った。しかし、江波より北は原爆の被害で焼け野原となり、新しい道路、区画整理がはじまった。その際に出来たのが市電などの公共交通である。そして、新しくできた道路は市電とバスが同じ道路を走るように作ったのだけれども、江波は新しい区画整理でできた道路の延伸の市電道路と昔ながらのバス道路が残ったのではないか?という推測をし、家人に話してみようと思ったものの、家人はそのころ元安川?に集う鴨の群れに夢中であった。

鴨おるで!鴨!

「鴨がめちゃおるで!鴨や!」と盛り上がっておられた。そして、「なんで鴨がここだけこんなにおるんや!」とまた疑問をぶつけていらっしゃったので、「ここは水道局が近いので鴨の好みの温度の排水があるんじゃないですかね?」とだけ答えておいた。すると「ふーん」とだけ言い残し、ずんずんと歩いて行かれた。

ちゅんちゅんスズメ

結局、昼は家の近くのラーメン屋で済ました。久しぶりに行ったのだけれど、前まで昼過ぎにはなくなっていたルーローハンも残っており、売り上げが芳しくないのか?ルーローハンの仕込みの量が増えたのか?分からなかったのだけれども13時過ぎで店内がパンパンで並びも出ていたので、恐らくルーローハンの仕込みの量が増えたんだろうな。と思った。あとは家に帰り、TVやネットフリックスを観ながら就寝。

とことんサンデー日曜日

日曜は検便後、アイスを喰い、とうがらしちゃんぽんを喰いにいつものちゃんぽん屋へ。念願叶ってとうがらしちゃんぽんを食したわけだが、好みでいうと普通のちゃんぽんのほうが好きであった。こういうことはままあることだと思うので、以後はちゃんぽんのみを愛していこうと思う。あと、「このちゃんぽん屋は家族経営では?」という家人の推測に併せて、家族構成を当てはめてみたけれどもどうも今の店主の奥さんに当たる人が見当たらない。娘と思っているデキる看板娘が奥さんなのであろうか?疑問は解決せぬまま、本日はローソンでデザートを購入し、帰宅。

とうがらしちゃんぽん

赤紙バースデー

帰宅後、小一時間で本日はタナ先輩の誕生パーティという赤紙が届いていたのでおでかけ。winPCならと思い、音出しを引き受けたものの諸事情からアイフォンを使うこととなり、てんやわんやであった。itunes全然俺の直感と合わねぇ。と思いながら、なんとか音出し。音出しの合間に手紙と大喜利。こう書くと八面六臂の大活躍と思うかもしれないが、そのほとんどは椅子に座っていた。

天才 冥王亭さん

葬式リハーサル

今回の誕生パーティは葬式リハーサルというテーマで尚且つ、弟役ということだったので、下記のような手紙を用意した。

悪口しゃくれ(姉)への手紙

暇な人は読んでみてね。

本日は姉美幸の葬儀にお集まり頂きありがとうございます。異父異母兄弟の福田是臼(ゼウス)です。 ゼウスのゼは是正勧告の是、ウスは、臼と杵の臼です。 また異父異母兄弟と申し上げましたが、これは私自身が姉美幸の両親によって誘拐され、育てられたことによるものです。姉の日頃の行動からも推察されますが、粗暴で口が悪い割に、気が小さい。これは両親の血を色濃くひいているものです。元警察官のハルミは大阪府警で一番許可のない発砲を繰り返し、ギネスに名前が載っています。もっとも驚いたのは、卵の安売りの在庫が自分の2人前の段階でなくなったことに逆上し、最後の卵購入者の頭蓋を撃ち抜こうと銃を発砲しようとした刹那、ハルミの前に並んでいた男性がおもむろに銃口に右手の親指を突っ込み、銃を暴発させ、ハルミはその場で捕縛。銃を暴発させ最後の卵購入者の頭蓋を救ったその人こそ姉美幸の父福田キャットフード売り太郎です。その出合いから数年後、二人の手によって乳幼児だった私は誘拐され、美幸の弟となるわけですが、それはまた別の機会にでもお話できればと思います。 さて、姉の美幸ですが生前は会社支給の交通費を不正受給。これは半ば暗黙の了解的に会社から黙認されていたのですが、上司との折り合いの悪さから上司が問題化したせいで、数百万という単位の返金を会社に求められ返金をしたり、福岡からの帰り道の高速道路で居眠り運転で車を大破。後続車がいたら大事故というような事故を起こしたりと活発な姉でした。忘れられない出来事としては姉の四十路の誕生日が差し迫ったある日、当時ミャンマーで闇医者業務に従事していた私に連絡があり、金髪の年下の男と結婚したい。と涙ながらに電話をしてきました。どうやら同窓会でいろいろメンタルを削られたようで逆転の一手はこれしかない。と考えたようでした。私はそこからマリッシュ、アオッカ、ペアーズ、ウィズと検索して出てくるすべての婚活アプリに姉の名前で登録をし、マッチングを待ちました。しかしながら四十路手前のシャクレに反応を示す金髪の年下なんているはずもありません。万策尽きた私は当時プレイしていたワールドオブウォークラフトのギルドの中で姉の無茶振りを愚痴っていました。すると、そのギルド仲間からお手伝いしましょうか?と声をかけてくれたのが、ベンチュイチューイでした。そこから話はトントン拍子に進み、ベンの来日まで漕ぎ着けることができました。あくまで自然な出会いを演出できるよう金族バットのエマくんにも協力いただき、バンドのメンバーとして自然な出会いを演出できました。因みにここまででベンの渡航費、日本での生活費で僕がミャンマーの闇手術で稼いだ費用の3割は吹っ飛びました。またベンには5年契約で偽装結婚のお願いしていました。おりしも時代は逃げ恥ブーム。僕は全財産をかけ、姉のためにどす黒い逃げ恥をプロデュースしておりましたので、今でもヒラマサさんとみくりさんの顔を見ると、やるせない気持ちになります。そして5年契約が終わる今年、年初からベンと継続契約の話し合いをはじめていた最中の姉の死。これ以上の無駄銭を使わずに済んだという安堵と姉はなぜボブ・サップに一発にかましてくるという走り書きのメモを残してなぜ死体で帰国したのか?という一抹の謎は残りますが、それは姉の性格から考えると些末なことです。 姉が亡くなるまでは決して他言しないと契約を交わしていましたが、ベンくん、君は今日から自由です。おめでとう。 これを持って、姉美幸とのお別れの挨拶にさせていただければと思います。

大喜利はいつも通り、面白いよりも数を重ねる。という戦法でスケッチブックを使い切ってやった。タナ先輩も満足そうでなによりだった。兵庫から友達がいないヤマトも来ており、またヤマトの久しぶりな感じが薄れた。本当にプレミア感のない兵庫県民だな。と思いつつ、プレミア感がないのはなによりだな。とかも思っていた。

ヤマトへ

ヤマトは大喜利以外裏方としての仕事を全うしていた。大喜利はまだ「面白い」に囚われてしまい、数が出せずにいる感じだった。芸を志してやってるやつでもそう「面白い」を掴めることはないのに、一介の素人が「面白い」を掴めることは稀有なのだ。ただ一介の素人でも数を重ね、地場を作り、空気感を演出し、素人の浅い沼地で小さい笑いが起こればそれは勝ちなのだということをヤマトはまだ学んでいないけれども、次くらいには学んでいるかもしれない。勉強だけはできるので。

帰宅

20時に終演後、妹の家におでかけしていた家人と一緒に帰宅。家人は「まだ夜、さみぃな。おい」と2回くらい言っていた。