2019/06/01-2019/06/03

土曜の朝、起きてゴロゴロしてたら、
母方のじいさんが死んだと連絡があった。

母方のじいさんは初孫だった俺を
とてもかわいがってくれた。
漁師だったので小さい頃から
漁に連れて行ってくれたり、
進学に関しても、金銭面などの
援助をしてくれたと聞いている。

小さい頃は漁でとってくる
キスやアジ、イワシや太刀魚や
カマスを毎日食べさせてもらった。
今、思うと贅沢な魚ばかりだ。
しかし、毎日喰うと誰でも飽きる。
ただ、40超える今まで入院経験も
手術の経験もないラッキーな身体は
じいさんがとってきてくれた魚で
基礎ができていると思うと
感謝の上に感謝しかない。

93で死んでしまったが、
80代の前半までは筋肉も隆々と
しており、今でいう細マッチョの
体型でチャリで防府の中を
いろいろ走り回っていた。

3-4年前に自宅で倒れたと聞いて
防府の中央病院にお見舞いに行ったら、
そこには筋肉隆々のじいさんではなく、
普通の入院患者のじいさんがいた。
この時が一番ショックだったと思う。
あまりにもそれまでの姿と
かけ離れた姿だった。
正直、もう長くないと思った。

でも、じいさんはそれから
数年、脳の関係で倒れたので
喋れないし、動けないしの
もどかしかったであろう日々を
長男の嫁の介護の元にほぼ
住み慣れた家で暮らした。

死んだのも住み慣れた家だった。
明るくてトンチの効いた悪口が言える
長男の嫁だからこそ、最期まで
じいさんの世話ができたのかもしれない。
辛いことを正面から受け止めたら、
一緒に崩れてしまってもおかしくないのが、
介護だと勝手に思ってるんだけど、
明るくてトンチの効いた悪口で
じいさんを弄って、たまの親戚の
集まりや近所の人たちに
こんなことがあった、あんなことが
あったと発散できてたから、
最期まで気力が持ったのかなぁとか
何も知らないけど想像だけしてた。

大正~令和までを生きたじいさんだが、
戦時中に被爆している。
本人に聞くたびに被爆した場所が
異なるのが面白くて、何回も
その話を聞いた。

広島駅付近で被爆し、黒い雨に濡れた。
というAパターン。

原爆ドームのすぐ近くで被爆したが、
木の陰で事なきを得たというBパターン。

今の崇徳高校あたりで防空壕の中で
被爆したというCパターン。

どうやらCパターンが一番真実に近いらしい。
このパターンだけ被爆後の話がある。

被爆した後、死体が浮く川のへりで
皮膚がケロイド状になっていたり、
蛆などの虫が身体から湧いている死んだ友達を
焼いた。と言っていた。
思い出したくない。あれは地獄の風景だ。
と言っていた。
もう軍も解体し、命令を聞く必要のない
軍の命令で被爆した自身の身体に鞭打って、
友達を焼いた。と言っていた。

この話は一度だけ話してくれたが、
その後は話すことも聞くことも
なかったと思う。

今、思うといろんなパターンに
記憶を刷りかえることが、
じいさんの精神を正常に保つ唯一の
方法だったのかもしれない。

バカな孫はそういう大事そうなことを
ここに記しながら気づく。
うーむ。当時は明るくて
トンチの効いた悪口が言える
長男の嫁などと一緒に笑いながら
その話を聞いていた。

で、一通りのことを済ませて
終戦から数か月後に防府に戻ると、
じいさんは高熱を出して倒れた。
髪も全て抜けたらしい。

おそらく原爆に起因する病で
多くの人がそれに蝕まれて
死んでいったのだと思うのだけれど、
じいさんの熱は運よく3週間程度で下がり、
退院したら毛も生えてきたと言っていた。
そこから70年以上生きて、最期まで少ないながらも
髪は生えていた。

大往生と言ってもよいじいさんの
通夜と葬式はみんな心の準備ができていて
思い出話に華が咲いていた。

最期まで家族思いのじいさんだ。
と思った。

酒が好きで面白いことが
好きだったじいさんの
最期の贈り物だと
勝手に受け取っているのだけれど、
通夜にやってきた坊さんは
ザブングルの加藤によく似ていた。

ここまではまぁ、似ているなぁ
というくらいだが、
お経を読み始め、
しばらくすると坊さんが
「短パン バブ」
「短パン バブ」
と連呼をはじめた。

聞き覚えのないというか
人生で初めて耳にする
「短パン バブ」とは?はて?
と考えていると、
司会の方が「ご遺族の方も
一緒に念仏を…」という内容を
悲しく伝えてくれるので、
もしかして「短パン バブ」を
一緒に言ってくれというのか?
一体この家はどんな宗教を信仰してるんだ?
と不思議と姿の見えないなにかしらの
薄暗い怖さが襲ってきたのだが、
遺族である親戚一同は
「なんまんだぶ」
「なんまんだぶ
と言っている。

そこでハタと気付く。
あれは「短パン バブ」ではない!
「なんまんだぶ」だ!
正式名称、南無阿弥陀仏だ!

良かった。聞き覚えのあるやつだ!
この坊さんの活舌が独特なだけだ。

それに気付くと
少し笑いそうになって、
廻りをみると、この坊さんを
初体験している親戚はみんな
少し肩を揺らしている。

それを見てて、
これはじいさんの最期の贈り物だな。
と思いながら、「短パン バブ」を
聞いていた。

「短パン バブ」の最後に
クラッシュシンバルのような金物を
二回鳴らし、坊さんが遺族のほうを
振り返り、立ち上がったので
終わったのかな?と思っていると、
坊さんは立ち上がり、勝手にMCを始めた。

内容は、
「〇〇さんという人がいて、
その人は若くして死ぬ前に遺す父や母を
目の前にこんなことを言った。」という
ような良い話だったとは思うけど、
うちのじいさんとは全く関係ないなぁと
思って聞いてた。

そしたら、あとから明るくてトンチの
効いた悪口が言える長男の嫁が
「知らん人の話を長々とするんなら、
じいちゃんの話のひとつでも近所から聞いて
仕込んどいてくれりゃあええのにね。
じいちゃんもお宮の総代とか
いろいろしよったのに」
と悪口を言っていた。流石だ。

そんな坊さんは長めのMCを終えたあと、
サビは「短パン バブ」だがAメロ、Bメロが
違うお経を唱えて、颯爽と薄い黄色の軽自動車に
乗り込んで帰っていった。

葬式の日も同様にザブングルは「短パン バブ」を
長めに唱えて、颯爽と薄い黄色の軽自動車に
乗り込んで帰っていった。

じいさんの葬式の話をこうやって弄るように
ここに残しておこうかな。と思えるのも
うちのじいさんが順番通り、精一杯
生きててくれたからだと思う。

人生どんな結末が待ってるかわかんないけど、
親より長く生きて順番通りに死を迎え、
遺っている誰かにあの人の葬式は
こんなことがあって忘れられんのんよね。と
弄ってもらえるじいさんみたいな死に方は
いいなぁ。と通夜のあとに出てきたお寿司の鯛を
摘んでモグモグしながらそんなことを思ったよ。

じいちゃん、人生お疲れさまでした。
ありがとうございました。