京都に行ってきましたよ。

数年前、多分ちょうどグローリーが出来たくらいの時期から

僕たちは京都でライブをすることが増えた。

振り返ったこともないのでわかんないけど、
毎年、結構な本数を京都でライブさせてもらってる気がする。

そして、いつのまにか本当にいつのまにか、
廻りに友達や後輩が増えた。

そして、いつのまにか都市伝説的に話を聞いていた京都の3大アベ+1アベも網羅することができた。3大はラインワナビーアンカーズのボーカルのアベくん。このバンドさんは山口県宇部で拝見した。一番恰好いいアベと聞いてたが、確かに恰好良かった。あとthestonethatburnsのギターのアベくん。動じないアベとして教えてもらっていたが、いろいろ才覚溢れるアベですね。いい人だし、センスもいい。こないだは無精ひげにカーキのコートを着てて、ライブハウスはもちろん競馬場や競艇場も視野に入れているスタイルだった。ワンカップをもってないことで絶妙なバランスが取れてた。因みに

thestonethatburnsは最近見るたびにベストパフォーマンスを更新するような勢いとグルーヴがある。本当に素晴らしい。先日も1曲目からtaste of lifeをしてくれて、あとはもう釘づけだった。最後は

SIRMO STAD

のアベくん。香川と京都で対バンさせてもらいました。聞いてたのは鬼才のアベと聞いていましたが、その通り素晴らしいバンドのフロントマン。声も非常に特徴的かつ空気感があり優しい。是非、広島でライブしていただきたい。あと+1のアベは出荷待ったなしのアベ。atsuisoとふつうのしあわせのドラム。あと特筆すべきは前足の肩ロースがこれ以上ないくらいの霜降りの状態でいつでも出荷可能な状態にあるということくらいかな。

で、今回もそんな後輩であるEmu sickSのレコ発だった。この音源を機に多くの方に知ってもらえるであろう

Emu sickS。僕は

Emu sickSがどんなに有名になろうともなかじんくんへの注目は忘れないだろう。それは知ってる知人の中でトップクラスでなかじんくんへは笑いの神が降ってくるからだ。本当は

Emu sickSのギターボーカルと並行してマセキのオーディションを受けてほしいとさえ思っている。僕はなかじんくんは、マセキ三兄弟をマセキ四天王にさせる器であると割と本気で信じているくらいだ。 

閑話休題。

そして、いつのまにか僕は安齋くんをいじれるようになった。
更にいつのまにか安齋くん家に泊まり、
いつのまにか起き抜けにタバコがなかったら、
安齋くんのマルボロメンソールをもらっても罪悪感が生まれなくなった。※一本頂戴ねと言ってもらう行為ね。無断で搾取するわけじゃないですよ。

不思議なもんだ。

更に縁あって京都アンテナに不定期連載の記事を書かせてもらったり、
安齋くんの健康診断や人間ドッグに一枚噛んでみたり、
こうやって振り返るとウサギの京都での受け入れには、
やはり安齋くんのお世話になっているところが大きい。

ありがたい。僕たちにとっても京都の宝だな。安齋くん。
人間ドッグで死なない程度に悪い結果が出て、半ば強引にでも生活習慣を
改めてくれることを期待しよう。

それともう一人、不思議な縁を感じるのがキツネの嫁入りのマドナシくんだ。
マドナシくんと初めて話した日のことは僕としては珍しく
覚えている。グローリーのカウンター前だ。なんのイベントだったかは覚えていない。マドナシくんが興味をもってわざわざ見に来てくれたように思う。(この辺は曖昧)

で、挨拶を交わして以降、ウサギが京都に行くタイミングで時間があえば、
必ず顔を出してくれ、時間が合わないはずのこないだも「顔だけでも出しに
いきますわー」とわざわざ電話をくれる。

とても義理堅い。

こういった行動ってなかなか起こせるもんではない。
メリットも何もない広島のバンドに6時間のリハスタの後に
電話してわざわざ会いに行く理由なんて世界中探してもどこにもない。
だけど、マドナシくんの中の義理はそうではない。
縁あって知り合った知り合いが京都にいるのに会いに行かないなんて、
道理に反すると思ってるのか、思ってないかは分かんないけど、
そういうことをとても大事にしている。

ここまで書くとマドナシくんがとても義理堅い いい奴に見えるが、
これはあくまで一面であり、実際は多分そうでもないと思う。
それは、マドナシくんの素直さから出る言葉は、よく切れる刃だからだ。

言わずにはおれないという素直さから出てくるのだと思うけど、
マドナシくんの言葉は、
たびたび不味いラーメン屋を切り刻み、たびたび地元京都のバンドシーンを切り刻み、たびたび面白くない映画を切り刻む(笑)。サメ。

敢えて悪口と言わせてもらうが、僕はこのマドナシくんの悪口が結構好きだ。
マドナシくんの悪口は愛情なんか雀の涙ほどもそこにはなく、
ただただ感じた事象の感想を鋭角な言葉で切り刻んでるだけだ。

だけど、鋭角な言葉の端っこのほうにコソッとマドナシくんは
まぁるい「期待」を置いていってることが散見される。

これは僕の主観なので、「え、どこをどう切り取っても悪口にしか見えませんけど!」って言う人も多いと思うし、実際そういうのもあるけど、
いきなり沸点MAXみたいな内容でない限り、
なんか「こうあってほしい!」とか「こうならんといけん!」というような
「期待」をその鋭さの中に忍ばせてる気がする。

そして、これはやっぱりキツネの嫁入りの楽曲にも出ていると思う。
「疑問的不満」や、「なんでや!という義憤」を主観だったり、客観だったりで語っているけど、どんなにマイナスを並べた言葉の中にも
「期待」や「理想」を忍ばせている。

「気付けよ!」「そして変われよ!」と励ましているようにも期待を込めているようにも感じたりもする。
だから歌詞は、好きな奴も嫌いな奴にも
平等に問いかけてるのではないか?とさえ思う。

マドナシくんは好きなものが多分人より少ない。その分、好きなものをとても大切にする。でも、それは好きなものは少ないほうがいいとおもっているわけではなく、好きなものを日々増やしたいと願っている。でも増えない。葛藤。

だから、全てを好きなものにしたくてマドナシくんは歌を歌っているのかもしれない。

ちょっと話は変わったけど、

ま、要はあれだ、僕らには捻くれ者の友達が京都にいるって話。
そして僕も大分いろいろこじらせてるから、一緒に話してて楽しいんだと思ったって感想。

こないだ京都に行ったことを振り返って、
一番残ったことをちょっと書いてみた。

安齋くん、マドナシくんありがとう。
そして今年も京都のみんなよろしくね。

今年はマドラグって喫茶店に行ってみたい。